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第40話 再会を喜ぶ暇はない

 断続的な銃声が聞こえる。  聴覚を少しずつ広げていくと、SATが地上階に待機していた場所のすべてからだとわかった。  一番近いのは、この階段を下りきり、広いロビーの先にある出入口だ。  銃弾の雨に怯むことなく突き進んできたベフライエンに向かって、地上階の部隊も応戦し始めたのだろう。    作戦では、タワーへ侵入される前にベフライエンを確保するのが最善だと言われたが、彼らも戦闘のプロだ。  そう簡単に行くわけがないと、上層部もわかっているようだった。  地上階に着いた鷹也は、等間隔に並んだ柱に身を潜めて状況を窺う。  だが、悠長に戦闘を眺めている余裕は一瞬で打ち砕かれた。 「退避!」  誰かが叫んだ。  それに従って、サブマシンガンで応戦していたSAT隊員たち散り散りに壁や柱の影に飛び込んでいく。  建物の奥にいる鷹也には、外で何が起きているのかわからない。  状況を把握するため、視覚を拡張したときだ。 ――ガシャン!  耳障りな音とともにガラスが飛び散り、窓枠が歪む。  タワーの広いロビーに飛び込んできたのは、黒いバンタイプの車だ。  ボンネットは突入の衝撃でひしゃげ、フロントガラスには無数の蜘蛛の巣が走っている。  その車に続き、次々と車がロビーに飛び込んできた。  同時に、車から転がるようにしてベフライエンの構成員が躍り出る。    その中に、翔がいた。  鷹也は翔の姿を認めた瞬間、体を支配する衝動に身を任せた。   「翔!」  柱の影から、翔に向かって一直線に走る。  敵でないことを証明するために、手には何も持っていない。  銃を持っている相手に向かって、何も手にすることなく駆け寄るのは正気の沙汰ではない。  それでも、鷹也に恐怖はなかった。  翔の視線が鷹也を捉える。  綺麗な目が零れ落ちそうなほど見開かれ、その動きが止まった。   「鷹也⁉︎」 「俺、ちゃんと決めたぞ」  呆然とする翔の前で立ち止まる。  次に会ったら、記憶を封じたことを怒って殴ろうと決めていた。  殴って、それから噛みつくようなキスをして、心の在りかを思い知らせたい。  だが、いざ顔を合わせると、そんな気はどこかに飛んで行ってしまった。    七ヶ月ぶりに相対した、パーフェクトマッチの相手であり、鷹也が恋焦がれた唯一の人。  心が、体中の細胞が、求めてやまなかった存在。  体が歓喜に震える。  心臓が爆発しそうだ。   「決めたって……」    鷹也は、混乱する翔を落ち着かせるように、色を失ったその頬を優しく小突いた。   「俺はベフライエンとして戦うよ」 「ッ……鷹也が全部思い出したことは、俺のスピリットアニマルが戻ってきたからわかっていた。でも……後悔、しないか?」  翔の顔がくしゃりと歪む。  鷹也に世界の真実を突きつけたのは翔だ。  結果、鷹也に仲間を裏切らせた。  その罪悪感からだろう。  考えようによってはそうなのかもしれない。  けれど、鷹也からしてみれは、それは断じて違う。 「するわけない。俺が決めた道だからな」    そう。  決めたのは自分自身だ。  かつての仲間から罵られようと、世界中の警察組織や諜報機関から追われようとも。  それでも、助けを求める能力者を救うと決めた。    方法が間違っているのは百も承知だ。  それでも信じて前に進み続ける。  ベフライエン。  それは、能力者の解放を願った希望の光。  鷹也が成し遂げられなくても、きっといつか、同じ意思を継ぐ者が成し遂げてくれる。  そう信じて、この茨の道を突き進むのだ。 「わかった。それなら、俺たちについてくるんだよな」 「当たり前だ」 「よし。これより鷹也を本作戦に加える。それ以外に変更はない。いいな?」  翔は不敵な笑みを浮かべて振り返る。  その先には、懐かしい顔が揃っていた。 「もちろん」  サムズアップして歓迎したのは櫂だ。  戦場にいても柔らかい表情は、昂った神経を落ち着かせてくれるようで安心する。 「足引っ張るなよ」  揶揄うような視線を向けてきたのは伊吹だ。  相変わらず飄々としているが、つまり、絶好調ということだろう。 「鷹也さん、これを」  丸くて小さな錠剤を差し出してきたのは、防弾装備を着込んだ内海だった。  白衣のイメージが強い彼が、黒く重苦しい格好をしているのは見慣れない。 「内海先生。これは?」 「私が開発した、水なしで服用できる能力安定剤です。これを飲めば、多少ガイディングが遅れてもゾーンを回避できます。戦闘になれば、ガイドから離れてしまう可能性がありますからね」 「ありがとうございます」  鷹也は差し出された錠剤を受け取り、口の中に放り込んだ。  薬という割に、苦みはない。  少し甘く感じるのは、子どもの服用を意識してのことだろうか。  内海らしい薬と思えた。 「飲み終わったか?」 「おう、ばっちりだ」 「案内は内海先生にお願いしようと思っていたんだが、鷹也に任せる。そのインカムで警察の動きは把握できるし、館内図は頭に入れてきているんだろう?」  翔は、自身のこめかみをトン、と指差す。  確信を持った問いだ。  返事はいらないかもしれないが、念のため頷く。  鷹也の頭にはタワーの館内図と、SAT隊員の配置場所、人数が入っている。  そして、インカムからは、本隊から各班への指示が聞こえてくる。  それらがあれば、無駄な戦闘をすることなく――つまり、怪我人を出すこともなく――能力者を助けに行ける。    ただ、ひとつ問題があった。   「ああ。でも、研究棟の奥は知らされていない」  かつて、翔や内海が迷い込んだという、能力者たちを酷使していた研究室。  その空間について、当然ながら今回の作戦会議では触れられなかった。   「それなら問題ありません。研究棟に迷い込んだときのルートは覚えています」  元々案内役だった内海が力強く頷いている。  その様子から、万が一、鷹也が館内図を忘れてしまっても問題なさそうだ。   「じゃあ、途中から案内は交代する形で。皆、準備はいいか?」  翔の問いかけに、それぞれが応えた。    研究のため、酷使され続けて助けを求める能力者は研究棟に捕われている。  目指すのは、このタワーの防衛に当たるSAT隊員の鷹也にも明かされなかった研究棟の深部だ。  鷹也はインカムから流れる戦況を聞きながら、戦闘を回避する安全なルートを弾き出し、その通りに駆け出した。  ロビーにいた班は、本隊からの指示によりここを放棄し、さらに内側に張られた防衛線を守る班と合流することになったようだ。  その証拠に、背後から追いかけてくる足音も、鼻につく硝煙の臭いもない。 (大丈夫だ。この先に敵はいない)    だが、鈍い銃声が絶え間なく続いている。  神経を研ぎ澄ませば、飛び交う怒号も聞こえてくるし、微かに鉄っぽい血の臭いもする。  小さな弾丸が通り抜けたような、建物と建物との隙間からは、険しい表情を浮かべたSAT隊員がサブマシンガンを発射していた。  センチネルの能力があろうと、それはあくまでも五感が発達しているだけのこと。  瞬間移動したり、傷を癒したり、そんな魔法ではない。  鷹也が今できるのは、無用な戦闘を回避することだけ。  油断は禁物だ。    物陰に隠れ、前進する。  そうして、少しずつタワーの内部へと進んでいく。  と、鷹也の背後にぴたりとくっついた翔がテレパシーを飛ばしてきた。 『言い忘れていた。今回の作戦の目的は、能力者の救出と別にもうひとつある』 (別の目的?) 『そうだ。タワーの実態を暴露する』 (暴露? どうやって?) 『ボディカメラだ。研究棟に入ったらライブ中継する』  警戒を解くことなく、ちらりと翔に視線を向ける。  すると、翔は鷹也に示すように胸の辺りを指差した。  防弾衣には、一円玉くらいの大きさと薄さの小型カメラが付いていた。  これなら、戦闘の邪魔にはならないだろう。  タワーの実態を暴露するとは、思い切ったことをする。  だが、それはつまり、戦闘の様子を全世界に配信することに他ならない。  ネット配信であれば視聴者も限定されるとはいえ、爆発的に拡散されることは目に見えている。  そうなれば、全世界のメディアが繰り返し報道することにもなるだろう。   「おいおい過激だな」  思わず口に出てしまったが、翔はそれを咎めなかった。   「俺は反対したんだけどな。上層部がやれってさ」 「その上層部は?」 「今、この瞬間、別の国のタワーを襲撃している。同時に各国のタワーに突入して、長い戦いにピリオドを打つ。それが今回の作戦だ」 「総力戦ってことか」  ベフライエンが総力戦に出たきっかけは、おそらく日本支部の放棄だ。  数少ない拠点を放棄したことにより、活動がままならない状況になったこと。  そして、豪華客船アテナのオーナーが、ベフライエンを支援したことで未だ拘束されていることが要因だろう。  ずっと隠れて活動していたベフライエンだが、逆境をチャンスに変えることを選んだのだ。  この一戦に、すべての能力者の未来が掛かっている。  能力者を救出することは、すなわちタワーの実態を暴露することだ。  そうすれば、世界は大きく変わる。  万が一、作戦が失敗してSAT隊員に制圧されてしまったとしても、その前に研究棟の隠された区域まで辿り着き、その中の様子だけでも全世界に配信できたなら、それだけでも十分大きな変化を呼ぶ。  最低ラインは、研究棟の奥に行くことだ。   「そういうこと。でも、どうやら情報が漏れていたみたいだな」 「ああ。警察への情報提供者はタワー所長の海老原だ」 「どうやって情報を?」 「それは伝達されていない。公安部が調査して、間違いない情報だと言っていた。俺は、密偵が潜り込んでいると思っている」  そうでないと、巧妙に隠れていたベフライエンの情報を海老原が手に入れられるわけがない。   「まさか、そんな……」 「翔さん。今は考えてもしょうがないですよ」 「ッああ、そうだな。今の作戦に集中しよう」  囁き声での会話を止めたのは、翔の後ろにいた内海だ。  情報が漏れた原因は気になるが、ここで仮定の話をしてもキリがない。  そして、総力戦であれば、よそ見をしている暇もないのだ。  内海からの助言を受け、鷹也たちは再び静かに研究棟へと進み、直近まで辿り着いた。  全方位から研究棟に向けてベフライエンが押し寄せているからか、守りが手薄なところがある。  鷹也たちは、そこを狙って突破することになった。

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