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第41話 真の裏切り者

 翔の部隊は、今回の作戦の本命部隊らしい。  他の部隊は陽動として、いつも以上に暴れ回っているようだ。  それでも引きつけることができなかったSATの部隊には、翔の部隊の三分の一をぶつけることにした。    研究棟の正面玄関は別の部隊が戦闘中だ。  正面玄関の真反対にある職員用出入口は、厳重な鉄の扉もあることからか、SAT隊員の配置は少ない。  彼らより数は少ないが、奇襲をかければ研究棟の警備は崩れるだろう。  姑息な手だが、先手必勝。   「行こう」  翔の声で、奇襲部隊が飛び出していった。  途端、響き渡る銃声。  それに背を向け、鷹也たちは研究棟を着飾っている嵌め殺しの窓を破った。  人が一人通れるだけの大きさは、最小限の大きさだ。  ガラスが割れる音は戦闘音で掻き消されている。  SAT隊員の誰かが割れた窓ガラスに気付かなければ、鷹也たちを追いかける脅威は現れない。  そのための陽動と奇襲だ。 (大丈夫。きっと上手くいく)  静かに飛び込んだ研究棟は、どこもかしこも真っ白だった。  かすかに消毒液の香りがする。  羊の皮を被った狼の腹の中は、足を踏み入れただけで反吐が出そうなほど居心地が悪かった。  廊下の壁を背に、階段を目指して走る。  かつての仲間には遭遇するどころか、一階に人の気配はない。   「教育棟で暮らしている能力者は四階に集められている」  二階の階段から上にはSAT隊員たちが待ち構えており、敵の侵入を阻む作戦だ。  正面玄関が破られてしまったときに備えて、今はじっと待機しているはず。  鷹也の状況報告に、翔は不敵に笑った。   「上に行くほど敵の数が増えるということか。都合がいい」 「ってことは?」 「研究棟の深部は地下にあるんです。ここからは私が案内をしますね」  内海は鷹也と翔の前に出た。  慣れない装備を身に着けた彼は、すでに息が上がっている。  無理もない。  彼は戦闘員ではなく、医療者として後方支援をメインでしていたのだから。  負傷したときは内海を頼るしかない。  彼が怪我を負えば、今後の作戦に使用が出るのではないか。  戦力が上階に集中しているとはいえ、危険が消えたわけではない。   「内海先生、どうか後ろに。俺たちが守りますから、行き先を教えてくれますか?」 「大丈夫です。私、運がいいんですよ」  鷹也の提案はやんわりと拒まれた。  翔を見遣るが、もともとそのつもりだったのだろう。  内海に同意して頷いた。    部隊長である翔がいいのなら反論するまい。  鷹也は、内海が怪我しないように五感を開放し、索敵に務めた。  内海が案内したのは、鷹也も作戦会議で知らされていなかった隠し階段だ。  七年前、翔がこの研究棟に侵入し、そして、伊吹が作戦に参加して訪れたのは最上階だったという。  二人ともこの隠し階段の存在は知らなかったようで、「こんなところに……?」と顔を見合わせて呟いている。    構内図では清掃用具を収納する空間を開くための扉だったが、ピッキングが得意な伊吹の手によって、簡単に開錠された。  扉を開くと、白い壁はそのままに、ぽつりぽつりと青白い電灯が階段を照らしている。  常人レベルの聴覚では聞こえない。  けれど、聴覚を開放するとかすかな衣擦れや潜められた息遣いが聞こえた。  かすかに火薬の臭いもする。 「人数はわからないけど、銃火器を持った奴らがいる」  翔にそっと耳打ちをする。  報告を受けた翔は、顔色ひとつ変えなかった。 「だろうな。タワーが雇っている警備員だ」 「ここにはSATがいる。まさか銃をぶっ放すなんてこと、しないよな?」  先の大戦中は、自衛のために銃の規制が緩和され、民間人でも銃を持つことができた。  だが、大戦終了後は再び規制が強化され、銃は大戦前と同じく厳しく取り締まられている。  そんな情勢の中、SATがいる場でサブマシンガンやライフル銃を発射するのは馬鹿のすることだ。  犯罪者はここです。  そう宣言しているようなものだ。   「ただいるだけのでくのぼうにするために配置しているわけないだろうな」 「まじかよ……」  研究棟の深部にいるということは、何かしら仕掛けてくるだろう。  それが銃火器による攻撃でないことを祈りながら、鷹也たちは階段を下りていく。    ここから先は戦闘が予想される。  内海は翔の後ろに下がり、戦闘は再び鷹也となった。 「階段を下りると、正面と左右に伸びる廊下があります。私が捕らえられた能力者を見たのは、階段を下りて左に行った突き当りの部屋です」 「部屋の配置を変えている可能性もあるな……。鷹也、様子を」 「ああ」    内海と翔の言葉を聞き、鷹也は再び五感を開放する。  殺気を纏った人の気配は、正面と右側の奥からだ。  左側から物音は聞こえない。 「正面と右に敵。左は人の気配がない」 「となると……。正面から射撃で牽制、それでも侵入してきたら右から射撃して一掃するって算段か?」  翔が敵の作戦を分析していく。  おそらく、今、翔の頭の中は高速で回転している。   「それなら、陽動は俺らがする」 「俺たちに任せて先に進んでください。左がはずれなら、俺たちが正面も右も道を開きます」    そこに助け舟を出したのは、伊吹と櫂だ。  二人の後方に控えているベフライエンの仲間は、大きく頷いて賛成の意を示している。  時間は限られている。  今この瞬間も、地上ではベフライエンとSATが衝突しているのだ。  無益な戦いは早々に終わらせ、双方の損害を最低限にするべきだ。  じっくり考えている暇はない。 「じゃあ、頼んだぞ。伊吹、櫂」 「もちろんです」 「では、準備を」  陽動を任された伊吹と櫂は、他の仲間を連れて鷹也たちの前に出る。  鷹也、翔、内海の横を通り抜けるとき、彼らは一様にアイコンタクトを送ってきた。  それに応え、鷹也たちも準備をする。  伊吹や櫂たちが動くと同時、鷹也、翔、内海は左側の廊下の奥まで走りし、その奥にいるかもしれない能力者を確保する。  そして、もしそこにいたなら、陽動部隊の一部を呼び寄せて救出活動を始めるのだ。 「行きます!」  櫂の掛け声と同時、銃声が狭い空間に反響した。  伊吹たちは正面、櫂たちは右側に向かって銃を向け、反撃を受けることなく奥へと進んでいく。  それを確認するまもなく、鷹也たちは左手に伸びる廊下を駆け抜けた。  わざとらしく清潔感を主張した白い空間。  隠された空間なのだ。  何もここまで外面を取り繕わなくていいだろうに。    正面には、いかにもセキュリティの高そうな扉が硬くその口を閉じていた。  鍵は、離島のタワーと同じく大戦前の遺物である旧式の電子ロックだ。  翔は懐から素早く工具を出し、制御基板を剥き出しにする。  そして、小型の高圧機器で電子回路をショートさせ、手早く物理鍵を解除した。  内海が震える手で扉の持ち手を握った。  三人でアイコンタクトをとり、頷き合う。  この先には能力者がいるかもしれない。  そうなれば、タワーの研究職員はいるだろう。  激しくはなくとも、ある程度の戦闘が予想される。 (絶対に勝って、助け出す)  翔の長い指がスリーカウントを始める。  音もなく折られていく指。  立てられた指がなくなった瞬間、内海が勢いよく扉を開けた。 「動くな!」     硬く閉ざされた扉の向こうには、白く醜い空間が広がっていた。  離島のタワーで見た、能力者たちを苦しめる実験をしている部屋と同じ構造だ。  ここは実験室の前室で、実験室を一望できる大きなガラス窓が並んでいた。  天井近くには、実験室の様子を写している大きなモニターもある。  鷹也は拳銃を体の前に突き出し、腹の底から声を張り上げた。  だが、それを聞いたタワーの人間は一人だけ。 「海老原……!」  作戦会議のときと同じく白衣を着た痩身の男。  ガラス窓から実験室を眺めていた海老原は、やけにゆっくりとした動きでこちらを振り返った。 「動くな……は、君たちの方だ」  鷹也と翔から拳銃を突き付けられているというのに、海老原は落ち着いている。  その上、柔らかな笑みを浮かべる始末だ。 (実験のしすぎで狂ってんのか?)  海老原の精神状態は普通じゃない。  それだけは、はっきりとわかる様子だ。  話が通じるかどうか怪しい。  鷹也は眉間に皺を寄せた。 「なぁ、爽太?」  海老原が呼んだ名前。  それは確か、内海の……。 「振り向かず、武器をすべて放棄してください」  背後から突き刺さる殺気。  静かな声は、氷のように冷たかった。

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