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第42話 被弾の果てに

 裏切るはずがないと思っていた。  だって彼は、能力者たちへの虐待に憂いていた。  慈愛の眼差しで子どもたちの遊び相手になっていた。  能力者を救出するときだって、あんなにも必死になって手当てするために走り回っていた。  それが、何故こんなことになっている……?   「う、内海……先生?」 「ッ貴方だったんですか……」 「早く。撃たれたいんですか」  鷹也の困惑と翔の憤りを無視し、内海は冷徹に指示を出してきた。  ギリッ……と聞こえるのは、銃把を握り締める音だ。 ――少しでもおかしな動きをすれば撃つ。  後ろから聞こえる声が、気配が、そう警告してきていた。  それらは、鷹也の心臓に爪を立て、深い傷を刻んだ。  鮮血はとめどなく滴り、鷹也の意識を暗い水底へと沈めていく。  なんで……どうして……。  頭の中を、無意味な言葉がぐるぐると回り始める。  だが、それは思考放棄に他ならない。  今、そんなことをしている場合か?  答えは「否」だ。 (武器を捨てても、自分の体がある)  鷹也が得意としているのは、拳を使った接近戦。  相手は拳銃を持っているとはいえ、鷹也たちSATや、翔たちベフライエンほど訓練をしている人間ではない。  武器を奪われても、隙を狙えばいくらでもチャンスはある。  鷹也は手に持っていた拳銃のセーフティをロックし、ゆっくりとしゃがみ込む。  そして、手に持っていた拳銃を床に滑らせ、横の壁へと遠ざけた。  腰に下げていた特殊警棒とスタングレネードも同じように手放せば、武装解除完了だ。  翔は、鷹也が立ち上がるのを待ってから、鷹也と同じ動作で手にしていた拳銃を手放した。  続けて、脇にぶら下がっていた予備の拳銃やファイティングナイフも、カラカラと虚しく音を立てながら床を滑っていく。  翔はゆっくりと上体を起こすと、海老原を睨みつけた。  だが、それを見た内海は、翔の武装解除にバツを付けた。 「駄目ですよ、翔さん。ブーツの隠しナイフも取ってください」  内海の指摘に、翔が息を詰める音が聞こえる。  普段、戦闘に参加しなくても、内海は戦闘員の装備や準備している姿をしっかり見ていたということだろう。  翔は無言で屈み、ブーツの底に仕込まれた小型のナイフを抜き取る。  そして、苛立ちをぶつけるかのように、壁方向へと放り投げた。 「手を頭につけて、膝立ちになってください」  怒鳴られているわけではない。  だが、内海の凪いだ命令は、怒号よりも心に罅を入れていく。  鷹也と翔は静かな声に従った。  内海はそれを見ると、銃口を鷹也と翔に向けながら翔の横を通り過ぎ、ゆっくりと海老原の元へ進んでいく。  一度、その顔は痛みを堪えるようにくしゃりと歪んだ。  それも一瞬、海老原へ近づくごとに少しずつ歓喜の色に染まっていく。 (そういえば……)  内海の顔の変化を見て、鷹也は彼との会話を思い出した。  鷹也が豪華客船アテナの中にあるベフライエン日本支部へ到着した翌日。  能力検査の結果が出るのを待っていたときに、内海はこう言っていた。 ――恋人を置いてきてしまったので。  恋人。  それが誰なのか、内海の蕩ける表情が、甘い眼差しが、如実に語っている。 (恋人って、海老原のことか!)  翔は勘付いていたのだろうか。  いや、わかっていたなら、今こんな状況になっていない。  ちらりと横を見ると、顔を顰め、唇が白くなるほど噛み締めていた。 「紀夫さん」  今まで聞いたことがない、甘く蕩ける内海の声。  信じたくない。  嘘だと言ってくれ。  そんな鷹也の希望は、海老原を呼ぶ声に完全否定されてしまった。 「爽太。ああ、やっと戻ってきた」 「だって、そういう約束だったでしょう?」 「そうだな。しかも、パーフェクトマッチの二人を連れてくるなんて……。よくやった」 「ありがとうございます」  一瞬だけ視線を絡め合った海老原と内海。  たった一瞬のはずなのに、その視線の交錯は濃度の高いはちみつのように重たく、まるで永遠を見せつけられているような気分だ。  内海の裏切りに気付けなかった。  それが悔しくて、悲しくて、そして腹立たしい。  今すぐにでも海老原と内海を殴り飛ばしてやりたい衝動が、鷹也の中で暴れ回る。 (でも、ここからどうやって形勢逆転させる?)  内海の銃口は、依然こちらを向いたまま。  膝立ちになっているため、動き始めは、普通に起立しているときより体の動きは遅くなる。  だったら、拳で殴れない代わりに言葉で殴ればいい。  ふと、閃いた。  殴れなくとも、隙を作ることができるかもしれない。  鷹也はまず、胸糞悪い二人が醸し出す桃色の空気を蹴散らすことにした。 「感動の再会を果たしたなら、俺たちはお暇した方がいいな?」  喧嘩腰の鷹也に、翔がギョッと目を見開いてこちらを見る。 ――正気か?  そう聞こえてくるような顔だが、鷹也は構わずに続けた。 「そうしたら、あんたらも都合が良いんじゃないか?」 「気が利くようだがその必要はないよ、榎本くん。君は貴重な人間だ」  にたり。  内海に向けていたものとは完全に異なる下卑た笑み。  海老原の気持ち悪い視線が、鷹也に絡みついてくる。 「貴重?」 「そうだ。君と、そこにいる須藤翔はパーフェクトマッチだ。君たちを研究することで、世界は元に戻るかもしれない」 「元に戻るって、どういう意味だ」  翔の疑問に、海老原は待っていましたとばかりに頷く。  愉悦に満ちた表情は、自身の理想に酔っているようだった。 「センチネルもガイドもいない世界に戻すんだ。この世界にはもともと能力者なんていなかった。彼らがいるせいで、ミュートは役立たずのレッテルを貼られ、能力者たちは持て囃される。そんなの、不公平だろう?」 「そして、センチネルとガイドは能力を使えるが故に酷使される。そして、過ぎた力はその精神と体を弱らせる。能力者たちにとっても不幸な世界です。それなら、そんな能力ない方がいいじゃないですか」  海老原の言葉を補うように内海が口を開く。  その考えは間違っていないと、確信を持った二対の黒い目。  それ以外の意見を許さないとばかりに熱く、そして冷たい視線。 「違う、違うだろ……!」  翔が搾り出すような声を上げる。 「センチネルとガイド、それからミュートは、持っている能力は確かに違う。でも、同じ人間だ。そこに上も下もない!」 「それなら何故、能力者は賛辞され、持て囃される? ミュートは貶される? 差別意識が生まれるのは? すべて、能力がなければ発生しない問題だ」 「翔さんも見てきたでしょう? ゾーンアウトしたセンチネル。ガイディングに失敗して精神を壊したガイド。争いのために酷使されたり、研究と称して痛めつけられたりする能力者を……」  翔の叫びは瞬時に潰されていく。  海老原と内海が語ることは現実に起こっていることで、まごうことなき真実だ。  わかっている。  知っている。    鷹也だって、センチネルやガイドに憧れた。  能力検査で陰性ばかりを叩きつけられたときは悔しかった。  プレゼニングした、あるいはレイタントとわかった友達が羨ましくて、妬ましく思うこともあった。  そして、翔に、ベフライエンに攫われてから、SATで見てきた以上の凄惨な現実を突きつけられた。  黒い真実に、心は傷つけられた。  でも、違うのだ。  鷹也が見てきたセンチネルとガイド、そしてミュートは、互いに信頼して、背中を預けて生きていた。  そこには、残酷な現実に抗い、必死に光へと手を伸ばす人たちがいる。  理想だと馬鹿にされようとも、それが鷹也の見てきた世界だ。    それを伝えるには、言葉だけでは足りない。  だが、それでも伝えなければ。  海老原と内海の、あまりにも残酷な選択を変えるために。   「能力者にはリスクがあることも、世界が優しいだけじゃないこともわかっている! それでも……俺たち、は……ッ」  不意に、ツキリとした痛みが頭に走った。  言葉を切るほどの痛みに、耳の横に挙げていた手で頭を押さえる。 「い゛ッ……な、ん……ぐッ……!」  だが、それは始まりだった。  痛みの最高潮はここではない。    鷹也を嘲笑うように、痛みが全身へと広がっていく。  視界が揺れ、耳鳴りが鼓膜を刺す。  心臓が激しく脈打ち、生きるために必要な血液を運ぶ動きさえ痛い。  膝立ちすらできず、鷹也の体が傾いた。 「鷹也⁉︎」  虚像を歪ませた床が、重なる二つの影を反射する。  鷹也は翔に抱き止められていた。  焦点が合わない視界には、顔を歪ませた翔が写っている。  そんな顔をしてほしくない。  願うのは穏やかな笑顔だというのに、鷹也自身がそうさせているというジレンマ。  身体中を襲う痛みに加えて、胸の奥がギリリと締め付けられる。 「なんでゾーンに⁉︎ そんなに能力は使っていないはずだろ!」 「でも、飲んだでしょう? 私の薬を」  くすくすと、歓喜を滲ませた内海の声。  そちらに視線を向けると、声とは裏腹に感傷的な顔をした彼がいた。 「あれは能力を安定させる薬ではありません。本当はその逆。不安定にさせる薬です。」 「俺たちの動きを鈍らせるためか……」 「もちろん。だから、ベフライエンの皆さんに飲ませました。それと、研究材料にしたかったんです。特に、翔さんと鷹也さん。パーフェクトマッチであるあなたたちを、ね」  内海の答えに舌打ちをした翔は手から乱暴にグローブを抜いて放り投げ、鷹也の頬を挟み込んできた。  冷たく震える手が、その動揺を知らせてくる。   「大丈夫、大丈夫だからな、鷹也。今すぐ楽にしてやる」 「は、ぁ……かけ、る……ぅ、ぐ……」  触れているところから、温かい何かが流れ込んできた。  そんな感覚に目を細める。  だが、いつもはするすると染み込んでくる熱は、目が細かい布に隔たれているように、何かに邪魔をされている。 「よかった。ガイドにも影響があるようですね」 「喜んでいる場合ではないぞ。数値を測定しなければ」 「そうでしたね。翔さん、一度ガイディングをやめてください」 「黙ってろ!」  研究のことしか頭にない二人に、翔は怒号を浴びせる。  直近にいた鷹也には強すぎる刺激で、思わず呻いた。 「言いなりにならないのはわかっていたがな。仕方ない」 「紀夫さん?」 「爽太、あいつを撃ちなさい」 「え? でも……」 「君が撃たないなら私が撃つ」  海老原が、内海の手からすらりと拳銃を抜き取った。  再び向けられた銃口。  その先にあるのは翔だ。 「翔、やめ……」 「駄目だ」  鷹也の制止は瞬時に却下された。  だが、ガイディングをやめなければ……。 ――バンッ。  乾いた破裂音と同時、翔の体が跳ねる。  鷹也を支えていた体が倒れていく。  苦痛に歪んだ翔の顔。  それを見た瞬間、鷹也の視界が青白い炎に支配された。

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