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第45話 手錠の重み

 目の前で内海が死んだ。  彼の切なる願いは果たされた。  鷹也の下で微動だにしない海老原によって。 「ああ、よかった……」  掠れた海老原の安堵に、鷹也の体が燃え上がる。    許せなかった。  内海の命を奪ったことが。  内海の罪が正当に裁かれる機会が失われたことが。    もう内海と話すことはできない。  鷹也は知りたかった。  彼が何を思って海老原に協力し、何を考えてベフライエンの医師として活動していたのか。  その本音を、行動原理を。    怒りと悲しみが一気に押し寄せてくる。 「海老原ぁ!」 「いッ……!」 「鷹也、落ち着け」  海老原の腕の拘束を、ぎりっと音が鳴るまできつくした。  だが、それは一瞬にして翔の手で阻まれる。 「海老原を裁くのは俺たちじゃない。そうだろう」 「……ああ」  鷹也は翔に従い、手からわずかばかり力を抜いた。  それと同時に、部屋の出入口の扉が派手な音とともに勢いよく開かれた。 「動くな!」  飛び込んできたのは、杉浦班を筆頭とするSAT隊員だ。  数多の銃口は正確に鷹也を捉えている。  杉浦たちを急襲し裏切った鷹也は、間違いなく彼らの獲物だ。  指一本でも動かせば撃たれるだろう。  鷹也が選んだ道に後悔はない。  だが、その手段として仲間を裏切ったことは紛れもない事実。    やむを得なく裏切ったときの傷は痛い。  だが、内海から裏切られたあのときの痛みは、それよりも酷かった。  鷹也は、彼らに深い傷を刻みつけたのだ。    正直なところ、合わせる顔がない。  体はそのままに、鷹也は視線を落とした。    警告に反して動けば撃たれる。  それは、元々SAT隊員だった翔も承知のことだった。  翔もまた、鷹也と同様にぴたりと動きを止める。  このまま拘束されて規律違反で処罰され、塀の中で生きることになる。  そう覚悟したが、不思議なことに、杉浦たちは、部屋の状況を把握すると、即座に銃を下ろした。  銃を向けられるのが当然な状況であるはずなのに、何故彼らは鷹也と翔を脅威と見做していないのだろうか。 「医療班! 怪我人の救護を」 「了解」  杉浦が後方へ呼びかけると、大きな救急箱を抱えた隊員がやってきた。  彼らは状況を確認すると、迷わず内海の方へ歩みを進める。  杉浦はと言うと、真っ直ぐ鷹也と翔、そして海老原へと向かってきた。 「榎本。人の話はちゃんと聞け」 「え……あ、すみません……?」  場違いな杉浦の叱責に困惑する。  普通、「この裏切り者が!」などという罵りを受け、殴られるのではないだろうか。    戸惑う鷹也に、杉浦は腰の位置から取り出した手錠を差し出した。 「ほら、海老原に手錠をかけろ」  杉浦が海老原を逮捕しろと言っている。  つまり、彼はタワーの闇を知っているということだ。  いつから、どうやって……。  疑問は尽きないが、今は差し出された手錠をどうするかだ。  目の前に示された手錠。  鷹也はまだ、警察官として認められている。  本当にそれでいいのだろうか。    迷いはある。  だが、ここで躊躇っていては何も進まない。 「……ッはい」    鷹也は自身のやるべき使命を果たすため、杉浦から手錠を受け取った。  翔はその補助として海老原の上半身を起こし、脱力している彼の体を支え座らせる。  鷹也は、小さな金属音を立てながら海老原の腕に手錠をはめていった。 「海老原紀夫。お前を逮捕する」  その間、海老原は抵抗しなかった。  逮捕を通告されても、無言のままだ。  床に接していた顔の左半分は血に濡れている。  その顔は、魂が抜け落ちたように虚無だった。 「彼にも治療を。右前腕を銃で撃っています」 「そうか。医療班、こちらにも」  杉浦の声に応え、内海のところにいた医療班のうち二人が、脱力した海老原のもとへやってきた。  至近距離からの被弾だったため、弾丸は貫通してたようだ。  彼らは手際よく腕の止血をしていく。  内海の方を見ると、彼の脈を取っていた隊員が首を横に振っているところだった。    鷹也と翔も怪我を確認され、擦り傷など小さな怪我を手当されたが、その後、誰からも手錠をかけられていない。 (何がどうなっているんだ?)  その疑問に答えたのは、SAT隊員の間をすり抜けてきた手塚だ。  命の危険がある現場だからだろう。  流石に手塚も防弾服を着ていた。 「榎本鷹也巡査長。内海爽太の死亡は残念ですが、海老原紀夫の逮捕はお見事です」  血生臭い現場に似つかわしくない笑顔。  内海のフルネームを知っていたということは、彼が海老原の仲間だと最初から知っていたということだ。  それなのに何故、作戦に従事する隊員に情報共有されなかったのか。  下手をすれば死人が出る現場だ。  隠し事はタブーのはず。  それを、上層部がしていたとなれば大問題だ。  何から言えばいいのかわからない。  考えようとして、杉浦から思考を中断させられた。   「何もかもわからないって顔しているな。だから人の話を聞けと言ったんだ」 「え、あれって……」  階段の踊り場で杉浦を失神させる直前、確かに彼は言っていた。  途切れ途切れではあるが、「話を聞け」と。  あそこで鷹也が杉浦の話を聞いていれば、内海を死なせず、そして海老原を逮捕できたのではないだろうか。   「最後まで聞いていればちゃんと伝えたんだがな。この作戦の本当の目的は海老原たち研究員の逮捕。それからタワーにいる能力者とベフライエンの保護だ」 「そのための長期潜入捜査、ご苦労様でした。須藤翔巡査部長」 「は?」  杉浦の言葉に続けて、手塚は呆気に取られている翔に手を伸ばした。  首を傾げ笑顔を絶やさない手塚は、作戦会議を取り仕切り、警察庁公安部から直接指示を受ける立場の人間だ。  そのことについては当然知らない翔だが、この場での立ち振る舞いから、彼が上官であることは理解したのだろう。  翔は困惑した表情のまま、手塚の手を握り返した。  手塚は笑みを深めると手を引き、片膝を立てていた翔を起立させた。   「本日付けで公安部を解任、特殊部隊への復帰を命じます」 「え、いや、俺は……」 「手塚さん。公安部、刑事部、特捜部の班が到着しました」  翔の言葉を遮るように、後方からスーツや作業服を着た集団が現れた。  彼らは大きな鞄やダンボールを持ち、鋭い眼光で海老原と内海を突き刺している。 「お疲れさまです。連絡通り、海老原は確保しています。特捜部の方は?」 「はいはい、ここです」  集団の中からひょいと現れたのは、体格のいい男だった。

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