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第46話 示された道
手を挙げた彼の後ろに続いたスーツを着た数人が、医療班から海老原の身柄を受け取っている。
特捜部とは、特別捜査本部の略だ。
検察庁にある部署で、社会的反響の大きい汚職や経済事犯を捜査する。
(なんで特捜部が?)
タワーで行われていたのは、能力者の意思を無視した研究や、その末の殺人だ。
特捜部は関係ないように思えるのだが、その疑問に答える者は、この場には誰もいなかった。
「健斗……?」
「おう。久しぶりだな、翔」
翔から「健斗」と呼ばれた体格のいい男は、にかっと人懐っこい笑顔を浮かべた。
大柄な体にぴたりと合っているスーツは上質で、いかにも検事という身なりをしている。
アンバランスなように見える表情と服装だが、何故かしっくりくるのは彼の特性なのかもしれない。
対する翔は、じわりと涙を滲ませ、唇を震わせていた。
その顔に浮かんでいたのは、戸惑いと喜びだ。
「生きていたのか?」
「そーなのよ。ゾーンになったり抜け出したりで死ぬかと思ってたんだけどさ。内偵に来てた特捜部に助けられて、被害者保護プログラム使って匿ってもらいつつ、今は特捜部の人間として生きてるってわけ」
二人の会話から、鷹也はこの体格の良い男が翔の元相棒であることがわかった。
部屋にいるSAT隊員の反応を見る限り、彼らは元同僚である健斗の生存を知っていたようだ。
杉浦のすぐ後ろにいる金城は翔と健斗を見て、微笑ましいと言わんばかりに目元を和らげていた。
「は? ちょっ、もう少し詳しく……」
「俺だって話したいよ? でもさ、お互い忙しいわけじゃん。落ち着いたらな」
じゃ、と手を挙げ、呆然とする翔を袖にした健斗は、踵を返して手塚に相対した。
「では、事前協議の通り、海老原の身柄は特捜部で預かります。なるべく早く警視庁に引き継げるよう急ぎます」
「急に真面目ぶらないでください」
「俺、ちゃんと真面目にしてますよ」
「はいはい。よろしくお願いしますね」
「了解です。では」
健斗は手塚と軽快な会話を切り上げると、綺麗な礼をし、仲間と海老原を引き連れて部屋を出て行った。
まるで嵐だ。
それを見送る手塚の目には、安堵が浮かんでいた。
「特捜部が来たのは、タワーの研究費用関係で議員が絡んでいたからです」
「汚職、ですか」
鷹也の問いに、谷本は苦笑を浮かべた。
「ええ。さらに、いくつか製薬会社も関与しています。一匹たりとも逃さないための捜査のため、海老原を確保したのは私たち警察ですが、最初の取調べは特捜部に譲りました」
通常ならあり得ない対応だ。
だが、組織の垣根を越えて協力しなければ、日本のタワーに纏わりつく闇を振り払えない。
目先の成果やプライドより、確実な正義の執行を選択した結果なのだろう。
それだけ大きな事件の中にいるかと思うと、自己嫌悪で消えたくなってきた。
手塚の思惑に気付かず、杉浦たち班員を拘束して抜け出し、本命たる海老原の部屋に飛び込んだ。
これから浴びせられる叱責に耐えられないかもしれない。
弱気になっている鷹也に構わず、手塚は「そういえば……」と口を開いた。
「本作戦の経緯と概要を改めて説明します。公安部、刑事部、特捜部の内偵によりタワーとベフライエンの内情を把握したことから、海老原以下タワー職員を殺人や汚職の罪で逮捕すべく動いていました。そんな折り、ベフライエンの襲撃があるとのことで、それに便乗することにしました。タワーに勘付かれては困りますので、表向きは対ベフライエン作戦としたのです」
ベフライエンの襲撃に便乗しということは、元々タワーだけでなくベフライエンに関する問題も解決するつもりだったからだろう。
上層部は、どこまで広い視点で動いているのだろうか。
鷹也のこともすべてを見透かされていたようで、末恐ろしくなる。
「わかりました。それから、ベフライエンの保護というのは?」
翔は納得したように頷き、谷本に問いかける。
当然の質問だ。
鷹也もその答えが欲しい。
伊吹や櫂、陽介は無事だろうか。
これから彼らはどうなるのだろうか。
心配で堪らない。
「ベフライエンは各国のタワーや武装組織の虐待に追われてきた能力者の集団です。保護対象ですし、その活動は国際共助の観点からも称賛されるべきことです。日本でも他国でもタワーの現状が暴露されて、今頃世間はパニックになっていますが、今後の対応策は周辺国とも事前に調査済みです」
「えっと、つまり……?」
あまりまどろっこしい言い方はしないでほしい。
流石に上官へ文句は言えないため、鷹也は手塚に説明を促した。
「これまでの活動を罪には問わない。生活を保証し、彼らが望むなら国際福祉団体として組織を存続させます。ひとまず、彼らやタワーにいた能力者は協力依頼をしたホテルや医療機関で生活していただきます」
「今はどこにいますか?」
「すでにホテルへ向かっているところですが、後日会えるようにします。ベフライエンの皆さんに重症者はいませんのでご安心を」
「よかった……。ありがとうございます」
鷹也と翔の心配の種はひとつ解消された。
伊吹や櫂たちが不利な扱いを受けないならそれでいい。
鷹也が翔に視線を投げると、翔からも視線を投げられる。
めまぐるしく変わる感情に疲れている様子はあったが、幾分か落ち着いたように見えた。
会話の切れ目を狙っていたのだろう。
手塚の横に作業服を着た数人が近付いてきた。
「いつでもガサを始められます」
「では、内海の死亡したことも含めて始めましょう。SAT隊員は捜査員の補助に入ってください」
手塚が声を張り上げると、四方から怒号のような返事が返ってきた。
それと同時に、止まっていた空気が動き出した。
あちこちで確認と指示の声が飛び交っている。
これだけの大人数でやるなら、この場での作業はすぐに終わるのだろう。
「須藤巡査部長。そして、榎本巡査長」
鷹也と翔を階級呼んだ手塚の隣には、腕に臙脂色の腕章を腕に着けた男が立っていた。
刑事部の人間だ。
貫禄がある雰囲気からするに、かなり上の立場なのだろう。
「この現場において、お二人には内海爽太の死亡捜査に協力してもらいます。まず、彼の死亡経緯を報告してください」
その男の温度のない命令に、鷹也はひゅっと喉をならした。
まだ内海の死という現実に受け入れられていない。
だというのに、冷静にその経緯を言語化して報告することは、鷹也には難しかった。
それでも、拘束されずにいるということは、上層部は鷹也と翔を警察官だと認めてくれている。
警察官としてやるべきことはまだ残っているのだ。
背筋を伸ばして口を開こうとしたとき、一瞬だけ、手の甲に翔のそれが触れた。
視線を向けると、小さく首を横に振られる。
(報告するから黙ってろってことか)
それがいい。
翔の方が階級が上だということもあるが、何より、鷹也が報告すると感情的になって最後まで話せない可能性があるからだ。
鷹也は瞼を伏せることで、翔の判断に肯定を示す。
それを見た翔は、静かに報告を始めた。
「内海がベフライエンと榎本巡査長に渡して飲ませたのは能力を不安定にさせる薬でした。薬の影響で榎本巡査長はゾーンになり、そのタイミングで私が海老原から銃撃を受け、榎本巡査長が野生化。海老原を庇った内海が攻撃を受け負傷しました。その後、私が榎本巡査長によりガイディングにより回復させ、周囲への攻撃も止みましたが、その際、内海が海老原に殺害を依頼。海老原が内海を射殺しました」
温度のない翔の声は機械のようだ。
そうしなければ泣き喚いてしまう。
内海との付き合いは翔の方が長く濃い。
翔の感情が手に取るようにわかり、ぐっと喉が詰まる。
「なるほど。では、榎本巡査長の野生化は免責事項に該当します。問題ありませんよね?」
「はい」
手塚の問いかけに、刑事部の男が即答する。
法律的には問題ない。
それは鷹也も常識として知っている。
だが、鷹也にとって、それは何の救いにもならない。
「しかし、私が杉浦班長の話を聞いていれば……私が野生化して内海を攻撃しなければ彼は死を願わなかったはずです」
こうなったのは、軽率な行動をした鷹也のせいだ。
人の命を守る仕事をしているはずだった。
それなのに、必要以上の攻撃をして、自分の手ではないにしろ目の前で死なせてしまった。
悔恨の念に駆られ、体がバラバラになりそうだ。
「そうでしょうね。でも、だから何だと言うんです?」
谷本は事実を認め、鷹也の後悔を払い除けた。
「何って、規律違反とか、責任とか……」
「あなたは信念に従い職務執行した。ただそれだけです。責任と言うなら、その取り方について熟考してください。榎本巡査長だけでなく、須藤巡査部長もです。いいですね」
先程の冷徹な声とは打って変わって、言い聞かせるような、血の通った声だ。
叱責されず、称賛もされなかった。
しかし、鷹也の行動を肯定し、受け入れてくれたことはわかる。
下手な慰めや同情も、鷹也を楽にする責める言葉もない。
それが手塚の優しさなのだと理解すると、じわりと涙が滲んできた。
その隣で、名指しされた翔が息を飲んだ。
きゅっと噛み締められた唇。
責任の取り方を言及され、途方に暮れているようだった。
豪華客船アテナにいたとき、翔は「警察官を捨てた」と言っていた。
ベフライエンとして能力者のために生きることを決めていたことは、ほんの数ヶ月しか過ごしていない鷹也もよく理解している。
鷹也の規律違反と取れる行動を肯定し、翔のベフライエンとしての活動を潜入捜査として収めた手塚。
それは、彼だけの判断でないことは十分に理解できる。
その事実を前提とした、これからのこと。
この場で結論を出すには重い課題だ。
熟考しろと言われたのなら、その言葉に甘えさせてもらおう。
それでも、鷹也の気持ちはすでに一方に傾いていた。
鷹也の行動は肯定され、翔はベフライエンでの活動を内偵捜査とされた。
つまりは、辞めるだけが責任の取り方ではないということだ。
警察官として認められているなら、期待に応えたい。
何はともあれ、まずは目の前のことを片付けてからだ。
内海の死亡経緯を報告する。
それは、彼の死を追体験することでもあった。
心臓が締め付けられ、嫌な汗がでる。
それでも、ここで起こったことは鷹也と翔にしか語れない。
誤りがないように、正確に言葉を選んで状況を説明していく。
それがきっと、今鷹也にできる唯一の贖罪だと信じて。
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