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第5話 旅行が始まるよ(2)
「あれなんですか?」
真っ赤な観覧車を指さしてみた。
「あれは観覧車でしかなくない?」
「確かに」
「なんなん?」
星一さんがあきらかに誇張して眉間のしわをくっきりつけた表情で返事した。それがおもしろくて声を出して笑った。背景は知らない土地、人のいない都市、真っ赤な観覧車。たいして旅行したかったわけじゃない、でも経験として、未練になるようなことはつぶしておきたかった。だから旅行をするという事実が大事で、それが楽しくてもつまらなくてもどうでもよかった。消化試合の旅行だ。
だけど笑ってる。この人の介抱をしてから何度も感情をくすぐられてる。知らない語彙の感情が沸いている。それは旅行というマジックだからか、この人の特殊な職種によるものだろうか。
「観覧車好きなんやったら近くでプラン決めよか」
星一さんは梅田の駅には入らずに観覧車のそばまで歩くと植え込みに腰を掛けた。観覧車は意外に近くて、駅の真ん前にあった。眼前の観覧車は下から見上げると大きい。
「風呂以外はまったくノープランみたいやけど、ほんまになんもないん? 全部おれが決めるで?」
「どうぞ、その方が逆にいいです。まったくなにかあるのかわかんないし、全部決めてください」
「わがままなんか、協調性あるんかわからんやつやなぁ」つぶやくと星一さんは携帯を出して真剣に見ている。「せっかく梅田やし、百貨店とか駅ビルも多いからちょっと冷かして、昼過ぎに難波で粉もん食べて道頓堀冷やかして、新世界かな? 新世界ってそんな観光できる余地あったっけ? 買い物も食いもんも東京にあるしなぁ。それやったら大阪城とか海遊館とかひらパーとかの方がええんか?」
ぶつぶつと真剣にぼやいてるけど土地勘がないのですべてのワードがわからない。
「すげぇ真剣に悩んでくれますね。よく知らない不審な男相手に」
ただの疑問なのに、出た声は自分でも意外なほど自虐的だった。
「東は確かに不審やけど、俺も不審やから、お互い優しく助け合おうな」
星一さんはそんなおれの自虐を軽く流した。
「星一さんってかわってますよね」
「東の方が絶対変やで?」
星一さんは鼻歌交じりに、旅行サイトの閲覧に精をだしている。
俺は隣に座って昨日の余ったビールを飲み始めた。温いビールを嫌いだという人をよく聞くがなれるとこれはこれで悪くない。
「人が予定考えてる横で、自分は朝から酒飲むやん」
「クズなんで」
休みの日はまず酒だ。酒を肴に酒を流し込むのが日常で、そんなどうしようもない俺が俺だ。
そして明日には関係がなくなるような人にしか旅行誘えない、人間関係を良好に続けようとか考えたことがないようなクズが俺。
「俺、初夜行バスで知らない土地に到着して、朝から酒飲んで、もうとっく旅行気分楽しんでるから、ここから先、ほんとどこでもいいですよ。どこでも楽しい。だからもっと気軽に考えてください」
なのに取り繕ってしまった。
「今日、ずっとここでも?」
「いい。観覧車も見れたし」
一緒に観覧車を見上げる。観覧車は止まっているのに、堂々と目立つことこそ正義とでもいうように光に照らされてる。
「観覧車なんてどこにでもあるやろ。東京にもいっぱいあるし」
「あるにはあるんでしょうけど、遊園地でもないのに珍しくない?」
「めずらしないやろ、難波にも神戸にも、道の駅にもあるわ」
関西の都会にはやたらある観覧車の常識なんて俺は知らない。
すぐ目の前を見たことのない色の電車が走って行った。
こんな日は世の中を憎まなくても、自分らしくないような、善人めいたことを言ってもいか。ここはもう知らない土地だ。
「知らなかったです」
「そっか。じゃあ、どこでも新発見で楽しいかもな。でも、おれはここで一日のんびりは嫌やから、出発しよう。風呂も行かなあかんしな」
もうすっかり星一さんの目的も旅行らしい。
俺は酒の缶をつぶして立ち上がった。
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