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第6話 最初は裸のつきあい(2)

「あぁ、それで今日、ギターなかったんや」 「ギターって、前から俺の事知ってたんですか?」 「いや、何回かロッカーに置いてんの見たことあって、肉体労働終わってからどっか弾きに行くねんな、若いな大変やなって思ってたけど、誰かは知らんかった。東がバンドしてるって聞いたから、あのギターの持ち主かってなった」 「そんな大変でもないですけど。あのバイト先からスタジオが近くて、電車代浮くんで」 「寂しいな」  星一さんは宙を見ながらぼんやりとした物言いで、それがとても優しい。こんなに優しいのは自分がお笑いが出来なくて寂しいから、自己投影しているから。俺はこんな優しい声をかけられるぐらいさみしいなんて思っていない。 「俺は星一さんみたいに寂しくないですよ。普通に俺も悪くて、バンド休みになったんで、続けるかもわからない」ゆっくり息を吐くと自分の息がお湯のように熱い。「楽しいこといっぱいあるし」 「たとえば?」 「酒とセックス」 「なんかバンドマンのイメージ剛速球やな」 「ちゃんとした人もいるけど、俺はクズだから。田舎にはなかったものが、東京にはあって一気に染まった。音楽なんかそっちのけで、朝から晩まで、遊んで遊ばれて、その時の快楽を追って」  いろんな思い出が浮かんできた。開けたくない蓋だったはずなのに、話す声はゆるゆるとこぼれるように力がない。こんな身も心もほぐれるような場所だと、心も凍てつくことも、しもやけをつくることもできないのだろうか。そんな感傷もプライドが高くて建前ばかり気にする自分への言い訳か。  偏食で不眠気味で、学校も半不登校で、東京に出たからって、そんな自分が変わるわけではない。だけど、そんな自分から逃げる手段は増えた。酒とセックスは手軽で、簡単だった。 「俺すぐに楽な方に流れるんですよ。もともと音楽だって現実からの逃げだった。たいしていい曲もつくれないし、ギターも上手くないのに、免罪符として田舎から逃げるために使って、そんなん続かないでしょ」  嫌悪に胃が重いのに、口がするすると滑る。 「後のことを考えないから、問題ばっかし起こして、もともとセックス関係でイエローを佐野さんっていうリーダーみたいな人から食らってたけど、酒でぶっ倒れてバンド休みにさせた。俺ばっかりが悪いわけじゃないけど、自業自得」  スタジオで嘔吐して、そのまま意識を失った。病院で起きて見たのはバンド休止宣言のメッセージ。ドラムがヤバい商売に手を出して借金をし、ベースがよそのバンドの嫁との不倫関係もあったので、すべてが俺のせいではないけども。 「お笑いのことばっかりで嫌にならないんですか?」  倒れてからギターには触っていない。俺は本当に音楽が好きだったのだろうか。 「なるよ。でも、結局はお笑いが好きや」 「めっちゃ寒いですね」 「いいやろ、旅の恥はかき捨てなんやから」  怒った風に言っているけど怒ってない。少しからからかわれたところで自分の信条がゆらいだりしないから。  こんな風に愚直に音楽が好きだったなら、バンドは休止になんかならないで、俺も快楽に惑わされないで、いい曲を作れていいギターを弾けたんだろうか。音楽がある未来を疑わずにいられたのだろうか。 「まぁ、今は上手くいってないから旅行で浮気や」 星一さんは笑った。暖かい湯船に似合った笑い方だった。

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