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第13話 新世界はカオス(2)
星一さんが引き返すので俺もついていく。明かりが点る観光通りを抜けると暗い通りに入った。すぐ裏は繁華街で一本違うだけなのに女一人で歩くのははばかれるような雰囲気だった。だからといって、飲み会がいつ始まるのかはわからず、繫華街に戻るのは会わないならリスキーだ。
「どうしよか、阿倍野まででる? そしたらなんかあると思う。この辺あんま治安よくないから、観光地ど真ん中じゃない場所やったら留まらん方がいいと思う」
もう相方の事は忘れたとでもいう風に星一さんは次を考えてる。
「もう本当にいいの?」
「ええって、今、会ったって幸せなところに水差すだけやろ。今日は旅行にきた。それだけや」
星一さんはマップを開ける。
十年組んでいたと言っていた。それがスイッチが切られたみたいに終わる。十年でこれなら、一日の俺はすぐにきられて、なかったことのように忘れられる。記憶力が悪いとしきりに言っていた。
「星一さんって優しいけど、薄情だよね。切り替えも早い。10年越しの相方に区切りつけるのも早くて、明日からもう大丈夫って顔で生きていく」
星一さんは困ったように笑った。いつだって笑ってる。
「さすがに十年来の相方に全く未練ないなんてない。ビジネスパートナーで、仲がよかったわけじゃないけど、尊敬してるとこがあったから組んだんや。やのにみんなおれが薄情みたいに言うねんな。なんでやろうな」
「みんなに言われたんだ」
「そう。昨日も見送り来い薄情者がって怒られた。ここまで来て結局あわんのは、ほんまにおれが薄情やからかな?」
昨日会ってからようやく一日ぐらい。短い時間しかしらないけど、ほとんど負の感情を出さなかった。でも今は痛そうな傷があるような、そんな顔をしている。
「相方の遅刻がふえて、ネタも飛ばすことが多なった。それを注意したら、お笑いなんてほんとは好きじゃない、ただテレビに出たかっただけ、それもなんもおもろなかった、この十年全部無駄、そう言われて、終わった。おれがネタを書いて、相方の不真面目な部分我慢して、ずっと代わりに謝ってたのに、一方的にそう言われて終わった。終わってから、相方が子供出来て義両親ともめて、金も時間もなくて、しんどい時期やったって知った。続けたかったけど、結婚かお笑いかで悩んでいっぱいいっぱいで、おれに注意されて八つ当たりで暴言吐いて終わったこと後悔してて、謝りたがってるって、仲間から連絡来てた。そんなんしらんやん。あいつの都合や。でも早くに相談してくれとったら、出来たこともあったかもしれんのに。話しても無駄なお笑いマシーンみたいに思われとったんかな」
二人の関係性は知らない。ビジネスパートナーだったと自分で言った。でも誰よりも長く時間を過ごして、これからもそのはずだった人なんだ。情がそれが愛であり憎でありあったのは当たり前だった。
「相方が謝りたい気持ちはよくわかった。仲間が煽るのも。直情的やけど根はいい奴やからほんまに反省してるんやと思う。やけど、謝られるのは嫌やった。それで美談にしたくなかった。一方的に切られた怒りも、なんも出来んかった情けなさも、ちっさいけど栄光があったことも、この十年を脚色はせんと覚えておきたい。だから、水差すとかじゃなくて、おれは自分の身勝手で、会いたくないんやわ」
きっと一生懸命考えたんだろう。相方のこれからの事を考えて、心配してくれてる人の事も考えて、謝罪を受け取るか、自分の後悔もひっくるめてこの十年の記憶をそのまま覚えておきたいという気持ちをとるか。考えても考えても答えが出なくて、二回も賭けに出た。
「星一さんって本当に真面目だね」
「そんなことはないと思うけど」
その場その場を全部享楽にまかせて逃げてきた俺と違って、ちゃんと向き合う。
星一さんが忘れっぽいなんてことはない。本当に大切なことは覚えてる。
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