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第15話 夜は内緒話の時間、二日目(3)
「そんなに思い詰めてるんやもん。大好きやから悲しいねんな。ちょっと今はすれ違ってるけど、また弾ける。また弾けるまでの息抜きの間は、いつでも俺を呼んで振り回してくれ。東が忘れてほしくないっていうのかわいいけど、もう言うの禁止な」
「俺かわいくない、絶対」
涙がこぼれた。何時ぐらいぶりに泣いたかわらない。泣くのが久しぶり過ぎて瞼と目じりの筋肉が気持ち悪い。
「絶対に、かわいくない」
考えがまとまらない。なんで泣いてるのかわからない。いっぱい頭にあふれてるのは、自暴自棄が人に知られているのがたまらなく恥ずかしい感情だ。それをかわいいの言葉を否定をしてごまかしてる。きっと目の前の人はおれのそんな混乱をわかってて、受け止めてくれていて、涙が止まらないんだ。
「弾けるかな」
「弾けるよ」
軽やかな口調で無責任に言葉にされた。この人はずっと適当だ。
「そっか、弾けるか」
だから俺も適当に弾けるって言える。
「弾ける弾ける」
星一さんは俺の両腕を力強く握りなおした。
「星一さんって本当に適当だよね」
「そんなことないわ」
鼻をすすってバスローブの袖で涙をぬぐった。
星一さんから距離をとる。
昨日じゃなければ、話しかけられても無視した。年上のおっさんの介抱なんかしない。だけど、昨日はひきとめられて、あの場にとどまった。どうしようもない出会いで、奇跡だった。
それから、ようやく一日ぐらいなのに。
好きだ。
だから、忘れられるのが悲しくて、童貞を奪ってでも記憶に残ろうと思った。嫌われてもいい。むしろ、嫌われて可能性がない方が未練にならないからいいと思った。そういう自分本位な考えだけしかなかった。
「ねぇ、やっぱ忘れていい」
音楽を弾けるって言えたこと、音楽を好きだって気持ちを肯定してもらえたこと、どちらも星一さんからの贈り物だった。それを今から自分本位にことを及べば、捨ててしまうような気がした。贈ってもらったなら、返さないといけない。おれは何も返すことができないから、せめて幸せを願うくらいはしよう。
「今日、初めての旅行でハイになってて、もう会わない人だからって油断して、言わないでいい恥ずかしいこととか言いまくってた」息がつまる気がしたけど、気づかなかったことにしてまた口を開ける。「ちょっと落ち着いたら、俺、ずっとキモかったし、恥ずかしかったなって。だから、忘れて」
星一さんとは生活圏が違うから、自然と会うことはなくなる。この旅行の相方以外の事は匙になるように綺麗に引こう。たった一日の旅行だ。星一さんは誠実だけど、もともと忘れっぽい人なのだから、記憶はきっと薄れていく。
「今日は本当に楽しかった。元気出た」
旅行は楽しかった。この先も楽しいことがあるかもしれないし、ギターも弾けるかもしれない、そんな希望は今はあるけど。
電車で歩いてるときに旅行の広告を見て、旅行をしたことがないと後ろ髪がひかれた。だから旅行に誘った。旅行が未練でそれを消化したかった。それは俺を殺すためだ。その事実は俺の中からは消えない。そんなめんどうな俺に好きな人を付き合わせなくていい。
「今日は弱ってる俺を世話してくれてありがとう。星一さん、本当にいい人だよね」
別れてもう会わないが俺に今できる一番の好意だ。
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