5 / 5
冬の祝祭
研究室の空気は、いつもと変わらず静かだった。
書類の擦れる音と、ペン先が紙を走るかすかな音だけが、淡々と時間を刻んでいる。
その沈黙を破ったのは、軽い調子の声だった。
「先生〜。祝祭の日、なにか予定あるんですか?」
シャルルが、机の横に立ったまま問いかける。
いつも通りの口調だが、その声にはどこか含みがあった。
「祝祭……」
バイルは手を止め、少しだけ視線を宙に向ける。
思い返すように間を置いてから、淡々と答えた。
「あぁ、あの行事か。特にないな。君に予定があるなら、その日は早めに切り上げても構わないよ」
それは、拒否でも肯定でもない言葉だった。
だが、シャルルはすぐに首を振る。
「違いますよ」
即座の否定に、バイルはわずかに眉を上げた。
「先生に予定がないなら――俺と市場でも行きましょ!」
「市場……?」
「そう、市場です」
迷いのない返答だった。
「……あそこに、特別見るものがあるとは思えないが……」
理屈を述べながらも、バイルはそれ以上言葉を続けない。
ほんの一瞬、思案するように沈黙が落ちる。
そして、静かに息を吐いた。
「まあ……君の誘いを、無下にするのも悪いか……」
その言葉を待っていたかのように、シャルルの表情が明るくなる。
「うんうん、そう来なくっちゃ!」
満足そうに頷きながら、さらに畳みかける。
「それに、先生だってたまには早く切り上げる日があってもいいでしょ?」
「……君は、本当に遠慮というものを知らないな」
呆れたように言いながらも、声に強さはない。
「知ってますけど、使ってないだけです!」
即答だった。
バイルは小さく肩をすくめる。
「……分かったよ。その日は、少しだけ研究を置いておこう」
「やった!」
声を弾ませるシャルルを横目に、
バイルは再び書類へと視線を戻した。
「それじゃ、祝祭の日は早く切り上げて、
一緒に寄り道しましょうね」
その言葉に、返事はなかった。
だが、否定もされなかった。
研究室には再び静けさが戻る。
けれど、その沈黙は、どこかいつもより柔らかかった。
ともだちにシェアしよう!

