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第3話 白のソムリエとミルクの味わい

「……なにこれ」  朝イチのパンツ騒動から一転。  ダイニングにやってきた俺は、目の前の光景に唖然とした。  朝メシがめっちゃある。  フードファイト始めんのかってくらいある。  どれも出来たてホヤホヤ。美味しそうなにおいが競い合ってて、俺のお腹がぐーぐー鳴る。  おいおい、朝食ビュッフェ会場か?ここは。 「ナオ♡今日はナオのために、ナオの好きなもんいっぱい作ったで♡」  定位置に座った伊佐希が、どや!って顔ですしざんまいポーズしてる。  なんなんだこの状況。嬉しいけど、裏がありそうで怖い。 「ほうれん草とベーコンのオムレツやろ? ミルクたっぷりクリームシチューやろ?それから、ナオがこの前食べたいって言うてたフーチャンプルー。焼きたてのトーストにデザートは旬の梨や♡ キンキンに冷やしてあるで!」 「梨をビールみたいにいうなよ……」  恐る恐る席に着いて、とりあえず二人で「いただきます」をする。  ……うぅ、どれも美味しそう。どれから食べようかな。 「ていうか、朝からどうしたのこのご馳走。嬉しいけど……なんかあった?」  今日って別に、記念日でもなんでもないはずなんだけど。俺がなんか忘れてるのかな……?  考えながらもスプーンを手に持って、シチューの皿を寄せる。そんな俺に、伊佐希はなんてことない顔をしながら答える。 「いやぁ、昨日ナオが出したヤツ、ちょっと薄かったからさぁ。ちゃんと栄養摂って、精つけてもらおう思ってな?」 「…………は?」    クリームシチューを一口食べた瞬間、ピタッとスプーンが止まる。  ちょっと待て?  俺が出したヤツって何の話してる?  それ、朝からしていい話?? 「いやほら、俺な?ナオの味でだいたいコンディションわかんねん。昨日はちょっと塩気も足りんかったし、とろみもサラッとしてて——」 「ちょ、待っ……やめろッ!!やめろやめろ!!」    食レポみたいに語ってるけど、それ明らかに昨日の夜のベッドでの話だよね!?!?  お前が俺を味わったせいで出てきたやつの話だよね!?!? 「朝からとんでもないシモ話展開すんな!!こっちはクリームシチュー食ってんだぞ!?見ろよこの白さ!!このとろみ!!!」 「さすがにここまでの状態なったら溜まりすぎやと思うで?」 「シームレスでそっちの話に持ってくな!!イメージ膨らんじゃうだろ!!」  伊佐希のせいでクリームシチューがヤバい食べ物に見えてきたんだけど!?自分で言っちゃったから余計だわ!! 「ていうかなんなの!? ソムリエなの!?俺が出したものをテイスティングすんな、頼むから!!」 「ソムリエってカッコええな。伊佐希セレクションはナオの白、一択やで♡モンドセレクション受賞間違いなしや!」 「やだやだやだ!!食ってんの!今!!口にシチュー入ってんの!!」 「今日のシチュー美味いやろ?特濃ミルクたっぷりやから、じっくり味わってな?」 「イメージのダメ押ししてくんなッ!!」  スプーンをダンッ!と置いて、慌ててフーチャンプルーに逃げる。  ……美味っ!!めちゃ美味っっ!!  俺の心に沖縄の風が吹き荒れる!!島唄流れてる!!  でも意味わからん!!なんでシチューの次にフーチャンプルー!?ジャンルがカオスすぎるんだけど!? 「マジで食べてる時にそういう話すんのやめろよ!TPO考えろ、TPOを!!」 「でもな、俺、ナオがちゃんと元気でおるか心配なんや」 「……は?」  急に、伊佐希がマジメな顔をする。  ちょっと待て。このシモ話、お前から始めた物語だろ。 「ナオの元気が俺の幸せやし。せやからナオの身体、大事にせなあかんやろ?」  ……冗談ひとつない、本気の声色。  俺がもしゃもしゃ食べてる姿を、伊佐希は慈愛に満ちた目で見つめてる。その表情は穏やかで、まるで聖母マリアみたいだ。  ……いや、話の流れ的には「精母」か。  でも正直、一瞬だけ、「大事に思ってくれてるんだな」ってじーんとしてしまった。  ——いや待て。これアレの話だぞ?感動するところか?よく考えろ俺。 「……どこの世界に『出たのが薄かったから』って理由でご馳走作るヤツがいるんだよ……」 「おるやん、ここに。俺はな、ナオの健康管理は使命やと思っとるんや。せやからいつだって俺は『いただきます』したらナオのを残さず味わう。それがナオへの愛であり礼儀やからな」 「そんな愛の証明やめて!?ていうかそんな礼儀はどこにも存在しないからな!?テーブルマナーみたいに語らないでくれる!?」 「テーブルマナーやなくてベッドマナーやな。出したら飲む!」 「『食べる前に飲む!』みたいにいうな!!大正漢方胃腸薬への風評被害やめろ!!ていうかそんなマナーないし、普通飲むもんじゃないからね!?」 「いやでも、ナオも俺の咥えた時、飲んでるやん?」  きょとんとしながら、伊佐希が「お互い様」みたいな顔をする。  その顔に悪気はない。  なさすぎるのがヤバい。 「…………」  すぅーって深く息を吸って、吐いて、口の中の車麩をごくんと飲み込む。    そして目をカッと見開いて、腹の底から声を出す。 「俺はッ!!飲みたくて飲んでるんじゃないッッ!!」  ワンテンポ遅れの俺の大声に、ビリビリと朝の空気が震えた。  伊佐希のきょとんとした顔が、驚いた顔になる。  聞け!!俺の魂の叫びを!!   「お前がッ!『もうあかん!』とか言い出して急発射するからッ!避ける暇もないだけで!!」 「そういやそんなことあったなぁ〜。ナオの口ん中で、『あっ』ってなったやつ」 「なったやつ、じゃないんだよ!!俺あの時ガチで焦ったんだからな!!しかもお前、吐き出そうとした俺に『飲んでくれてありがとう……ありがとう』って言っただろ!?藤岡弘ばりに感謝しただろ!?!?」 「俺の感謝の気持ちや♡」 「そういう問題じゃないのおおお!!お前のせいで飲まざるを得なくなったのおおお!!!」    こいつ、まっっったく悪いと思ってない!!  全力抗議があまりに伝わってなくて、思わずバンバンとテーブルを叩いてしまった。行儀悪いのわかってるけど、この気持ちが収まらん!! 「バカバカ!伊佐希のバカ!!ケダモノ!!ヘンタイソムリエ!!」 「おー、久々に出たなナオの三連罵倒。ほなヘンタイソムリエさんがバターたっぷりのとろとろオムレツあげるな♡はい、あーん♡」 「あーんしない!自分で食べる!!」  オムレツが乗ったスプーンを奪い取って、そっぽを向きながらガブリと食べる。  ……くそっ、やっぱ美味い!  ムカつくけど、伊佐希のオムレツはやっぱ至高のメニューだ……!海原雄山も裸足で逃げ出すヤツだ……! 「ナオのために早起きして、愛を込めて作ったんやで?今日の俺のメシ、とびきり美味いやろ?」 「……素直に美味しいって言いたくない!」 「言ってくれとるやん。ありがとな、ナオ」  嬉しそうなその笑顔は、ズルいくらい優しくて。  まんまと絆されるのを感じながらも、俺はモクモクとオムレツを食べ続ける。伊佐希はそんな俺を、幸せそうに見つめてる。  伊佐希のご飯は、いつも俺好みの味がする。  伊佐希は俺の「美味しい」とか「食べたい」を、いつも優先してくれる。  ——わかってる。  伊佐希は、本気で俺のことを考えてくれてる。  ……昔からそうだ。  伊佐希はいつだって、俺を大事にしてくれる。  ——『俺がナオのこと、絶対守ったるから』  ふと、伊佐希の真剣な瞳を思い出す。  それは俺と伊佐希が、恋人になる前の話。  忘れられない、過去の記憶。  ——あの頃、俺たちの世界には、俺と伊佐希しかいなかった。    思い出と一緒に、フォークに刺した梨を噛み締める。  口に入れた梨は、甘くて瑞々しい。  青くもなくて、固くもなくて、熟しきってる。  それは出会ってから12年、ずっと一緒に居た、俺たちみたいな味で。  懐かしいと思いながら、懐かしいと思えてる自分に安心して——  俺は、愛と精がこもった伊佐希のご飯で、お腹と心をいっぱいに満たすのだった。

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