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第4話 チューで鍛える恋の筋♡
「伊佐希ー。入るよ」
ノックだけして、伊佐希の部屋のドアをそのまま開ける。返事なんて待たない。
入ってみたら、部屋の真ん中で伊佐希がマットを敷いて腕立て伏せ中。
ハーフパンツにTシャツ一枚。背中にはうっすら汗。シャツの色が少し濃くなってる。
……今日もやってるんだ。ほんと熱心だな。
「おー!なんやナオ。急に寂しくなったん?」
「違うよ。リビングに畳んだ洗濯物置きっぱなしだったから持ってきたの」
「えー。俺に会いに来たんちゃうんかぁ」
ちょっと残念そうな顔してるけど、腕立ては止める気ゼロらしい。ふっ、ふっって短く息を吐きながら、ぴょこぴょこ上下してる。
……腕、太っ。俺の1.5倍はある気がするんだけど。
「洗濯物、ここ置いとくからね」
「ありがとな。愛してるで、ナオ♡」
「はいはい」
洗濯物をベッドに置いたところで、やることは終わり。
……だったんだけど、なんとなくそのまま伊佐希の横にしゃがんでみた。トレーニング中の姿が気になったとか、べつにそんな大層な理由じゃない。ただ、もう少し見ていたかっただけ。
「おっ。もしかして筋トレしとる俺に見惚れてるん?惚れ直してしもた?」
ニヤニヤ顔に、ジト目返し。
……したつもりだったけど、背中に張りついたTシャツからはっきり浮いてる筋肉とか、やけに太い腕とか、どうしても目に入るんだよな。
……ちょっと悔しいけど……ふつーにカッコいいんだよなぁ。
「別に。ただ見てるだけ」
でも素直に褒めるのは、なんか悔しい。
……エッチしてる時は部屋暗くしてるし、それどころじゃないから気にしてないんだけど……こうして明るいところで見る伊佐希の体って、ほんとに凄いな。
ぷにぷにな俺とは大違いすぎて、ちょっと憧れたりもして……ほんのちょっとだけだけど。
「伊佐希ってさ、昔からずっと筋トレしてるよね」
「せやなー。格闘技習ってた時の習慣やねん。やらな落ち着かへんっちゅーか」
「いくつくらい習ってたんだっけ」
「えーっと、柔道に空手にボクシングやろ?あとカポエイラな」
「最後急にレアなの出てきたな……カポエイラってダンスだと思ってたんだけど、あれって格闘技なの?」
「ブラジルの格闘技やで。まぁ確かに音楽に合わせてやるもんやし、練習やって言いながら楽器鳴らして歌わされたりしてたけどな」
「ジャンルが謎すぎる……あ、もしかして伊佐希が昔よくイヤホンで聴いてたズンドコズンドコ鳴ってた曲って——」
「カポエイラの曲やな。一時期頭から離れんくて洗脳されてるみたいになってたんや。気づいたらウェーウェーオ〜とか歌ってたし。あん時の俺、半分ブラジル人やったわ」
「怖ッ!カポエイラ怖ッッ!!」
「せやろ?それがカポエイラの真の怖さやねん」
「それは違うだろ」ってツッコんだら、伊佐希はケラケラ笑いながら腕立てを終える。
そのままシャツの裾で汗を拭うの、なんかズルい。ワイルドなのに、ちょっとカッコよく見えちゃうの、ほんとズルい。
「習うんは全部やめてもうたけど、体作りは仕事にも一応関係しとるからな。筋トレはやってて損ないねん。それになにより、いざいう時、ナオを守るには鍛えておいた方がええやろ?」
「……は?俺?」
「ナオが痴漢とか変態に会うた時は、俺がぶっ飛ばしたるんや♡せやから安心してな♡」
ニカッと笑って、力こぶを見せつけてくる。モリモリの上腕二頭筋は逞しいし、見るからにすごく頼りになりそうだけど——とはいえ。
「痴漢もヘンタイもここにいる気がするけど……」
「えっ?誰のこと?」
「伊佐希に決まってるじゃん」
「誰が痴漢や!ヘンタイや!ナオぉ……酷いやろ。俺、こんなにもナオのこと大事に想っとるのに……」
「俺だけならまだしも、俺のパンツまで盗んで大事にしてる自覚ある?俺の裁量でセーフになってるけど、法的には余裕でアウトだからね?」
事実を並べたら、急にしょぼんとしちゃった。
……ちょっと言い過ぎたかな。
「……でも、ありがと」
そっぽ向いて言ったら、あとからじわじわ耳が熱くなってきた。
本当は、「守る」って言ってもらうの、嬉しかったんだ。
素直にそう言えないけど、伊佐希は気づいてる。にやけ顔になって、俺の頬をツンとつついてきたし。
「ふふっ♡照れてるナオ、可愛い♡」
「照れてない!」
ぷいっと顔を背けたら、伊佐希が笑いながら仰向けに体勢を変えた。筋トレ、まだ続けるんだ。頑張るなぁ。
「なぁナオ。腹筋するから、足押さえてくれへん?」
「は?なんで俺が……」
「ナオの重みがちょうどええんや。ほら、お願い♡可愛い恋人の力、貸して♡」
「……まぁ、いいけど」
言われた通りに伊佐希の足の上に跨って、押さえるように座る。
「これでいい?」
「んー、もうちょい前。……うん、ばっちりや♡」
座る位置を調整したら、伊佐希は腹筋を始める。それをぼーっと見てたら、ぐいっと上体が起きてきて——
——ちゅっ♡
「……ッ!?!?」
まさかの、不意打ちのキス。
もしかして座る位置をしてきたのって、このためだったのか!?
「伊佐希、お前っ……!」
「ご褒美付き腹筋や♡1回1ちゅーな♡」
「ふざけんな!!何その意味わからんルール!!」
「2回目♡ちゅっ♡」
「くっ……ッ!!数えるなって!!」
「3ちゅっ♡」
「もー!何回すれば気が済むんだよっ!!」
伊佐希は調子に乗ってどんどん腹筋のスピードを上げてくる。
そしてその度——
「4ちゅ♡5ちゅ♡6ちゅう~~~♡」
「バカ!!やめろ!!やめろって言ってんのに!!」
マットの上は、もはや筋トレという名のキス地獄と化してる。
やめろって言ったけど、嫌なら退ければいいだけの話なんだよな。……まぁ嫌じゃないから、退かないけど。
「……29……ふぅっ……っしゃ、ラスト!」
伊佐希の声が力強く響く。
すでにチュッチュされまくった俺は、相変わらず伊佐希の足を押さえたまま、若干汗ばんだその上に座っていた。
「30……!っと……」
その瞬間。
伊佐希の上半身が勢いよく起き上がって、両手で抱きしめてきて——
俺の唇を、そのまま深く奪った。
「……っん……っ♡」
最後のキスは長くて、熱かった。
絡まる舌の合間に呼吸したら、伊佐希の汗の匂いがしたけど、そんなことを一瞬で忘れるほどキスは甘かった。
キスを終えて、唇が離れる。
額をくっつけたまま、伊佐希が小さく笑う。
「……ナオとチューできるんやったら、腹筋なんぼでもできそう♡」
「……バカ」
こつんと額をぶつけてやったら、伊佐希が静かに言った。
「……なぁ、ナオ。ナオが危ない目に遭うた時は、俺が絶対駆けつけるから」
その言葉に、俺の胸が掴まれる。
「……そん時は、俺の名前、大声で呼んでな?」
それは、冗談でもノリでもない。
本気でそう在りたいと、伊佐希は思ってる。
それがどれだけ真剣なのか、痛いくらい伝わりすぎて——
胸が、苦しくなる。
「……もし、間に合わなかったら?」
浮かんだ記憶に、言葉が沈む。
伊佐希は俺の両頬を大きな手で包んで、優しく笑う。
「絶対間に合わせる。ワープしてでも助けに行く」
なんてことないように軽く笑って言うけど、その目は本気で。
俺は黙って、伊佐希の胸元をつかんだ。
「……そんなの、できっこないのに」
「でも俺は、ナオに呼ばれたら距離とか時間とか、全部飛び越えていくつもりでおるで?」
額に軽くキスを落とされて、優しく頬を撫でられる。
そんな甘い仕草に不安は溶けて、俺は思わず吹き出した。
「ふふっ……なにそれ」
バカみたいだって。
ありえないって。
そう思いながらも、あったかい気持ちは膨らんでく。
好きって気持ちが込み上げてきて、そっと目を細める。
伊佐希と見つめ合いながら、俺も手を伸ばして、伊佐希の頬に触れる。
「……出来るはずないって、わかっててもさ。伊佐希ならやりそうって思っちゃうんだよね」
俺のためなら、時も場所も飛び越える。
朝宮伊佐希は、そんな不可能を可能にする男。
——なんて、そんなバカなことすら信じちゃうんだよな。
「……そういうとこが、伊佐希のすごいとこだよね」
俺の中じゃ、「非常識」とか「無理」とかよりも、伊佐希の方がよっぽど信じられる。
……って気づいた瞬間、なんか照れくさくなってきて、つい笑っちゃった。
絶対いま、ふにゃふにゃした顔してる。自分でもわかるくらい。
伊佐希はそんな俺をぽかーんと見てて——って思ったのに、次の瞬間にはぐいっと抱き寄せられてた。
「ナオぉぉぉぉ!!好きすぎるぅぅぅ!!」
「わっ!やめろ!汗つけんなって!!」
文句言ったところで、伊佐希が止まるわけもなくて。テンション爆上がりのまま、ほっぺやらおでこやらにチュッチュチュッチュ連打してくる。
「もう〜!キスはいいって!」
言いながらも、笑ってる自分がいる。
どうせ止めたってやめないし、逃げても追いかけてくるし、こんなのもう慣れっこだ。
そんなわけで、筋トレは完全に中断。
俺たちはそのまま、伊佐希のベッドでいちゃいちゃしたまま朝を迎えるのだった。
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