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1-6 内通者
「セラ、大丈夫か?」
フェンリスの心配そうな声が部屋に響く。オメガはアルファやベータよりも魔力が強いが、身体はずっと弱い。
男女関係なく全体的に細身の者が多く、外側は精霊に守られていても内側はそうはいかない。風邪をひきやすかったり病気になりがちだったり。故に、保護対象として神殿内にて大切に育てられている。
セラも子どもの頃からベッドの上にいる方が多かった。調子の良い時にたくさん遊んで、次の日に起き上がれなくなるということも少なくない。なのでフェンリスには伝えないようにと、お願いされていたのだが。
「……すみません、ご心配をおかけ……けほけほ」
「気にするな。昨日の精霊祭で無理をさせたからだな……謝るのは俺の方だよ」
昨日は一年に一度の精霊祭が行われていて、フェンリスは一緒に市街地を見て回ろうとセラを誘いに来た。屋台でお菓子を買ったり広場で行われていた催しを二人で夢中になって楽しんだようで、その結果がこれである。
「……私のせいで、ごめんなさい」
「セラが謝るのは違うよ! 俺がはしゃいで振り回してしまったから……すごく、反省してる。セラが風邪をひいて寝込んでるって聞いて、居ても立っても居られなかった」
「どちらも悪くありませんよ。セラのはいつものことなので心配してくださるのはいいのですが、お互いに楽しんだのなら謝るのはなしです」
後ろで二人の会話を聞いていたレイスがお節介と思いつつ口を挟んで、セラの気持ちを代弁する。まさか昨日の今日でフェンリスが訪ねて来るとは思わず、帰すわけにもいかない状況で、事情を話した上で部屋に招き入れるしかなかったのだ。
「父上もセラのことを気にかけていて、精霊祭の話をしたら怒られちゃったんだ。オメガは身体が弱いから、お前がちゃんと注意して見ててあげないとダメだって」
「ヘイル様が?」
「いずれこの国の皇后として王宮に迎え入れるセラに、なにかあっては困るって」
「……身体が丈夫になる薬や魔導具が開発されればいいのですが、」
オメガという種の体質自体を変える方法は未だ見つかっていない。
「フェンリス様、今日はこれくらいにして。セラが元気になったらまた一緒に遊んであげてください。あなたまで風邪をひいてしまったら、私も皇后様に怒られてしまいます」
皇后であるサーシャはレイスの兄だった。皇族との関わりもあり、神殿長としての立場を与えられたのだが、その前から彼自身の人望や実力もあってのこと。
(……フェンリス様になにかあれば、それこそ兄上の立場が悪くなるだけだ)
ヘイル王が結婚する時期に聖獣の守護をもつオメガが生まれていなかったため、一番チカラの強かったレイスの兄、サーシャが皇后となったのだ。その二年後にフェンリスが生まれ、優秀なアルファと判明したから良かったものの、皇后として立場が弱い分、レイスは高官や護衛たちと太い繋がりを持っていた。
(陛下がなにを考えているのか……この頃、良い噂を聞かない)
表向きは寛容な態度を示しているが、裏では自分に従順な高官たちを囲ってなにか会合をしているとか。レイスの嫌な予感は、この数年後に当たってしまう。
■■■
王宮と神殿を行き来し、とある話の信憑性について何度も確かめた結果、レイスはサーシャが口にしたことが真実であることを思い知る。高官たちとも話し合い、倫理的にそれはあり得ないという結論を出し、その旨をヘイル王に伝えてもらうようお願いしたが、なにも変わらなかった。
レイスはレイスでセラの意識を変えるため、結婚は取りやめにしようと反対する姿勢をとった。サーシャには『今は王になるために学ぶ期間』と理由を付けさせて、フェンリスを王宮外に出さないように協力してもらった。
そんな中、とある高官から聞かされた事実。それを耳にした時、最大の好機がやって来たことに内心震える思いだった。サーシャのため、フェンリスのため、そしてセラのため。レイスはさらに正確な情報を集めるために動き出す。大義名分さえあれば、皆が納得する結果が得られるだろう。すでにこの国は終わっている。
王が裏でしていること。これからしようとしていること。それはレイスの周りを不幸にする未来しか視えなかった。たとえそれをすることで誰かに怨みを買おうとも、最善の行動であったことが後に伝わればそれでいい。
あとはいかに民たちの賛同を得られるか。協力なくしてこの計画は成り立たない。最小限の犠牲で済むようにするにはそれしかなかった。
利害の一致。それだけである国が動き出す。あちらは報復のため、こちらは解放のため。何度も話し合い、それは密かにすすめられた。その間に市街中を訪ねて民たちを説得してまわり、王領外で行われている真実やこれから自分たちの王がなにをしようとしているのか、その事実だけを話した。
セラが成人し、フェンリスとの結婚が成立する前に。なんとしても成し遂げなければならない。その後、一年近くかけてすべての準備が整い、あとはその日を待つのみとなった。なんとか結婚式を一年遅らせ、セラはなにも知らないまま純真無垢に成長してくれた。
(セラには悪いが、少しの間だけ辛抱してもらうしかない)
ヘイル王は自らの行いが招いた報いを受け、崩御した。それに協力した高官たちも殺された。あの夜、なぜ自分たちが王宮に呼び出されたのかを、死ぬ直前に思い知ったことだろう。すべてはこの日のために用意された舞台だった。
(フェンリス様を傷付けたのは予定外だったが、おかげで不自然にならずに済んだ)
あの流れは予想していなかったが、セラが人質になるのは最初から決まっていた。胸はもちろん痛むが、人質といえど優遇してくれる約束だ。それにセラの傍にはソルもいる。ソルはなんとなく勘付いていたのではないだろうか。
(ヘイル王がなにをしようとしていたのか。なにも知らない二人に話す必要はない。フェンリス様は納得しないだろうが、そこは兄上に任せるしかない)
真実を知らない方が幸せなこともある。
この国のことも。王のことも。氷壁の外で行われていた所業も。
内通者は皇后と一部の高官、神殿の関係者、そしてこの王領に住む大人たち全員だった。
レイスはその先頭で当事者として動き、すべてが滞りなく進むかどうかを観察していたのだ。セラはいずれ時がくれば自分たちのもとに戻って来る。
しかし、レイスは知らなかった。この侵略計画のその裏で。それを利用しさらなる画策をせんと、ある人物 が彼 の国で密かに爪を研ぐ準備をしていたという事実を。
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