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1-7 忘れられた街
目が合った瞬間、時が止まった気がした。
青みがかった長い銀髪。珍しい翡翠色の瞳。弱そうに見えて、あの中で誰よりも強烈な光を放っていた。触れればびくりと肩を揺らすくせに、視線は少しも揺らがない。
今まで出会ったことのない、強さと儚さを併せ持つ少年に、一瞬でも心を奪われたのは事実。
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「蒼焔 様、その子なんだか体調悪そうですよ?」
「……香種の体質はどこの国でも同じだな」
はあと嘆息し、仕方ないと手綱を引いて馬の足を止める。
高く聳える分厚い氷壁を通り抜け、王領の外へ出た蒼焔 たちだったが、馬の上で夜明けを迎え、白一面の雪原を進んでいた。
本来なら凍えるような寒さなのだろうが、炎の聖獣の加護を受けている蒼焔 のおかげで、龍昊 は春先くらいの気持ちでいられた。
ほとんどが氷で覆われた大陸であるが部分的に雪原が存在しており、グレイシアの王領を目指して進んで来た道をそのまま戻っている状況だ。
この経路はグレイシア側から提供された道であり、それを信じた結果、誰一人欠けることなく辿り着けたと言える。
人質という名目で保護することとなった希少な香種。聖獣に守られている精霊の御使いであるセラ。まだ成人して間もないだろうその少年は、蒼焔 の胸に凭れたままもうずっと目を覚さない。
セラの腕の中で丸まっている聖獣もまた、主と同じく深い眠りに落ちているようだ。聖獣は形式上、宿主の魔力を対価に守護を約束する。それは精霊も同じで、宿主の魔力を摂取することでマナのチカラを使用するのだ。香種が常に虚弱体質なのは、そういう理由もある。
「爆睡してる説もありますが、顔色悪すぎですし。一旦どこかで休ませた方が良いかと」
龍昊 は雪原の先にうっすらと見える街の影を指さして、そう提案する。しかし二人はすでに一度その街を通った記憶があり、あまり良い提案でないことはわかっていた。それでも馬の上よりはマシだろうということで、街を目指すことにした。
「この国の現状を知るいい機会では? ハリボテの箱庭の中でなんの苦労もなく、嫌なものを見ることもなく、ぬくぬくと育った子にはちょっと衝撃的な真実かもですけどね、」
正直、自分たちですら同情するような光景がそこには広がっていて、この国の王がいかに私利私欲のために民を苦しめていた暴君であったかを知った。
百年以上前、この大陸で国同士が結んだ和平条約により、特別な理由なく 他国に侵攻することは禁じられた。
今回の侵攻はけして条約違反ではない。先に仕掛けてきたのはグレイシア側、もとい、ヘイル王だった。華琅 側には理由があり、グレイシア側の協力のもと報復したにすぎない。その罪は万死に値するものであり、それに関わった者たちも同様だった。
しかし問題は身内にもあることを蒼焔 は知っている。この侵略を知ったその者が今度はどう動くのか。なにを奪うつもりなのか。セラの存在がどう影響を齎すのか。いずれにしても生きて連れ帰らなければ意味がない。
「落とさないように気を付けてくださいね?」
「最初からそうしている」
ほぼずっと眠ったままだったセラがふり落とされないように、右手に手綱、左腕を腹のあたりに回して身体を支えてやっていたのだ。人質のくせに油断しすぎだろう、と蒼焔 は呆れていたが、先ほどの龍昊 の言葉でその理由が判明する。
「チカラを使わないようにと制御する首輪を付けてやったのに、これでは意味がない」
「まあ、とにかくですね。病死ならまだしも落馬で死亡させたなんて発覚した日には、我らが王の無能さを露呈するだけでなく、相手側にも申し訳ないのでくれぐれも……、」
「その前にお前の首が胴体から離れるだろうがな」
龍昊 は「あはは〜」と自身の発言を誤魔化すように先に馬を走らせ逃げた。あの超絶無礼な護衛の態度はいつものことなので、蒼焔 は怒る気も失せて呆れていた。
落とすわけがないだろう、とセラの身体を支え直すがなんだか腑に落ちないので、この者が軽すぎるのが悪いのでは? と他責することにした。
だが守ると約束したからには相手が約束を違えない限り守るのが信条で、その代わり裏切りは絶対に赦さない。蒼焔 は自分より体温の低いセラを抱き寄せるように片腕で抱え、すでに離れていた距離を埋めるように馬を走らせた。
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その街には王領にあった氷壁は存在せず、獣たちが好き勝手に徘徊していた。精霊の加護もなく、生きて動いている者の姿もなく、在るのは壁や道にこびりついたままの血痕と氷漬けになって息絶えている民たちの亡骸だけ。
忘れられた街。
王領ほどではないが街としては中規模の広さで、ここで起きた出来事を物語るように廃墟と化している。こうなってからいったいどのくらいの年月が経ったのか。どこもかしこも氷に覆われているせいもあり、建物は当時のまま傾くことなく残っているようだ。
宿屋の看板を見つけた龍昊 は馬から降りると、右手に炎を宿した。貴種である龍昊 は番契約をしている香種がいるため、精霊のチカラを共有できる。炎は宿を覆う氷だけを溶かし、本来の色を取り戻していく。
「馬は別の家に移しておきます。獣たちの餌になったら大変ですからね」
寝ずに走らせても華琅 の国境までは数日かかるだろう。人質の体調を気にしながらだと倍はかかる。徒歩では流石に危険すぎるし、馬は貴重な乗り物といえよう。
蒼焔 はセラと聖獣を龍昊 に預けてから、自身も馬を降りた。手綱とセラを交換するように再度抱き上げ、そのまま無言で中へと入って行く。
(なんだかんだでちゃんと優しいからなぁ)
しかしながら冷酷な面も否めない。その落差にあの子が耐えられるかどうかが今後の課題かも、と頬をかく。せめて拗れないように助力するのが自分の役目だろう。おそらくグレイシアが新体制になり落ち着くまでの数年は、人質として華琅 で暮らすことになるはずだ。
(あとは、こちら側の問題も解決しないとね?)
万が一にも人質になにかあっては問題になる。間違いなくそこを狙ってくるはず。人質であり大物を釣るための餌。利用価値としては最高の存在だろう。国に帰ってからが本番。その前に少しでも関係性を良くしておく必要がある。
セラのことは事前に協力者から情報を手に入れていたが、従順で頭も良く、誰にでも優しい子、とのことだ。しかし相手側との約束もあり、ヘイル王を殺した理由はなるべく耳に入れないようにと言われている。
三日後に未来の皇后になるべく結婚式を控えていた、セラ。
その裏にあった悍ましい政略を結果的に回避したという事実を知らないまま、こちらを敵視されるのもなんだか納得いかないわけだが……。
殺した理由など語ることはない、憎まれ役がハマり役すぎる蒼焔 に対しても、龍昊 は同情するしかなかった。
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