18 / 19

2-7 監視の目

 華狼(ファラン)とグレイシアの国境近くに位置する辺境の村、雨叢(ユーツォン)。龍昊(ロンハオ)は蒼焔(ツァンイェン)の命で璃星(リーシン)と共にとある人物と会うために、遠路はるばる王都からやって来ていた。  龍昊(ロンハオ)ひとりではなく璃星(リーシン)も一緒なのにはもちろん理由がある。  それは二人の関係は王宮内では周知の事実で、どこかに出かけたとしても特に疑問に持つ者がいないということ。なので、仮に知り合いや宮中の者に見られたとしても、ただ休暇を楽しんでいる恋人同士という認識で済むのだ。  夕刻。燃えるように夕陽色に染まった空の下、歩幅を合わせて歩く。  どちらも能力の高い貴種と香種。二人並ぶとより目立つわけだが、それに関してはお互いに自覚しておらず。龍昊(ロンハオ)は恋人である璃星(リーシン)と久々の休暇を満喫しているようだ。  それに対して璃星(リーシン)は素直に楽しめず、はあと半刻に一度は大きな溜め息を吐き出していた。そしてついに本音が漏れる。 「龍昊(ロンハオ)、本来の目的を忘れてません?」  二日前。雨叢(ユーツォン)の二つ手前にあった町が璃星(リーシン)の実家がある町で、父親である明星(ミンシン)にあの白い花に関する協力の礼のついでに二人で立ち寄ったのだが……。 (父上と朝まで飲み明かしていた時点で疑ってはいましたが)  先王の侍医であった璃星(リーシン)の父、明星(ミンシン)。先王亡き後王宮を離れ、隠居生活をしつつも貧しい民たちのためにほぼ無料で診療しているようなできた人で、希望があれば自身の技術や知識を医官を目指す若者たちに教えたりもしていた。  先王が殺されたという事実に、己の無力さを嘆くこともあったが、せめて真相を解明するために協力したいと願い出たのだ。それが、あの白い花の分析だった。グレイシア側の協力者が提示した花の効果が間違いないかどうか。璃星(リーシン)は休暇のたびに父親の研究の手伝いをしつつ、普段は王宮の医官として働いていた。 「なにを疑うことがある? これは我らが陛下、蒼焔(ツァンイェン)様からの粋な計らいによる休暇だ。璃星(リーシン)は俺との久々の逢瀬に不満でも? 本来の目的? ああ、確かに明星(ミンシン)殿が隣で寝ていたらさすがに無理だな」 「ちょっ⁉ どこさわってるんですか!」 「いててててて! 別にいいだろう、恋人同士なんだからっ」 「よくありません。親しき中にも礼儀ありというでしょう?」  龍昊(ロンハオ)は腰に回していた手を下に這わせ、璃星(リーシン)の尻の辺りをさわさわと触って来たのだ。その時点で"あること"に気付いた璃星(リーシン)だったが、人目のある場所で卑猥なことをしてきた龍昊(ロンハオ)が許せず、その頬を思い切り抓ってやった。 (龍昊(ロンハオ)のあのわざとらしい態度からして……誰かに監視されている、ということでしょう。あくまでも休暇を楽しんでいるようにみせたいと)  だとしたら、いったいいつから?  どうやらあちら側もこちらの動向が気になっているのかもしれない。あえて密かに先王の死因を調べてます、と言わんばかりに王宮では蒼焔(ツァンイェン)が立ち回っていると龍昊(ロンハオ)がいつだったか言っていた。 (となれば、父上を訪ねたあたりから龍昊(ロンハオ)は気付いていたのかもしれませんね。だから朝まで酒を飲んで酔いつぶれていたのかも)  酔いつぶれていた、は嘘だ。龍昊(ロンハオ)はいくら飲んでも酔った姿を見たことがない。つまりはそういうふざけた演技をしていたということ。それに付き合っていた明星(ミンシン)はというと、完全に二日酔いで起きれなくなっていた。 「この辺りは少し寒いな。国境が近いからだろうけれど」 「……はい。それに長旅で少し疲れました」 「そうだな。じゃあ今日はもう宿で休もう」  自然に璃星(リーシン)の肩を抱き、数歩先に見えた宿の看板に視線を向けた。実は明日あの宿で落ち合う約束をしているのだが、お互いにほとんど面識がないため顔は知らない。目印となるものを身に着けてもらっているはずだが、約束通りやって来ているかは行ってみないとわからない。  その者が土壇場で怖気づき、会えない可能性ももちろんあった。それでも、一縷の望みをかける価値はあると龍昊(ロンハオ)は思っている。なにかあれば璃星(リーシン)は守るし、その者もついでに保護する予定だった。  やっと見つけた貴重な証人であり、唯一こちらに応じてくれた人物だったからだ。その者は先王が亡くなった後、明星(ミンシン)のように王宮を去ったひとりで、色々と情報源を辿ってやっと見つけた尚食局(しょうしょくきょく)の元宮女。  尚食局とは皇帝や皇后の料理や御膳を管理する女官たちが所属する部署である。毒を盛る機会があるとするならば、王が口にするものを作る者、盛り付けをする者、毒見をする者、運ぶ者のいずれかだろう。  これから会う者は運ぶ者で、実際先王の食事の際に付き添っていた人物だった。  そんな重要人物が王宮を去っていたという事実もそうだが、こんな辺境の地に身を置いていること自体が怪しい。なにかそうしなければならない理由があるとしか思えないというのが現状である。  宿に着き、店主に空いている部屋がないか訊ねると、いくつか空いているとのことだ。宿帳に名前を書き込み、二人は通された部屋で一旦落ち着くことに。二階建ての宿からは通りの路が見渡せ、龍昊(ロンハオ)は木枠の窓に座って外を一瞥すると、そのまま璃星(リーシン)の方へ身体を向けた。 「俺たちの情事を見せつけてやるのもいいかも?」 「……そういう趣味はありません、けど」  挑発するのは悪くないかもしれない。 「別にかまいませんよ」  そ、と龍昊(ロンハオ)の頬に生白い指先で触れて。  座っている龍昊(ロンハオ)を見下ろす。 「はは。積極的な璃星(リーシン)も悪くない……」  喧しいとでも言うように、璃星(リーシン)は龍昊(ロンハオ)の唇に自身の唇を落とした。それは龍昊(ロンハオ)が先ほど口にした「見せつける」という言葉を体現するかのように。凭れるように首に腕を回して、だんだんと深く淫らになっていく口付け。 「……龍昊(ロンハオ)。言ったからには責任、とってくれるんですよね?」 「もちろん。あとはいつもみたく俺に任せて」  これ以上は頼まれても見せてなどやらないが。  璃星(リーシン)の身体から香ってくる信香(つがいのこう)に誘われるように。龍昊(ロンハオ)は項(うなじ)に喰らいつきたくなる衝動を抑えながら、壊れ物でも扱うように愛しい恋人を丁寧に抱き上げると、そのまま寝台の方へと向かうのだった。

ともだちにシェアしよう!