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2-8 証人
翌朝。
「このまま寝てる? それとも頑張って起きる?」
「…………誰のせいでこうなっていると?」
「うん、間違いなく俺のせいだな」
乱れに乱れた夜を過ごした。任務を忘れていたわけではないが、盛り上がりすぎたというのが正しいか。璃星 の信香 に貴種として抗えなかったのもあるが、久々の情交だったこともあって、龍昊 は自信満々に答えた。
普段は生真面目で気丈な璃星 。そんな彼が交わっている時にだけ龍昊 に見せてくれる、蕩けるようななんとも言えない表情に中 てられてしまうのは仕方のないことだ。
そ、と生白い頬に触れてみれば、肌の色の印象とは違うまだ冷めない熱を感じた。さすがにもう一回は璃星 がつらいだろうと、龍昊 は自身を抑えるしかないわけだが。
「……先に準備を整えていてください」
「わかった。まだ時間はあるから、もう少し眠っててもいいよ。俺は主人に言ってお湯を用意してもらってくる」
尚食局 の元宮女と、昼の鐘が鳴る頃にこの宿の一階にある食事処で落ち合う約束をしている。それまでに準備ができていれば問題ないだろう。
(やっと見つけた証人だ。蒼焔 様のためにもこの機を逃すわけにはいかないが……そう簡単にはいかないだろう)
宿の主人にお湯と布を分けてもらい、桶を抱えながら階段を上がる。先王の毒殺に関りがあったとしたら、それを指示した者が必ず消しに来るだろう。
あちら側にとって不利な証言がその者から得られたとしても、追い詰める時にその場にいなければ証拠としては弱くなってしまうからだ。
部屋に戻り、貰ってきたお湯と布で璃星 の身体を拭いてやる。自分でやると言ったが、龍昊 が「俺にやらせて」と布を譲らなかったため任せることにした。
「ありがとうございます」
正直なところ気怠い身体を動かすのが辛かったので、素直に礼を口にする。
「当然。お前をよごした俺の責任だしな」
「…………バカなことを言ってる場合ではないでしょう。さっさと行きますよ」
自信満々に腰に手を当てて言う龍昊 に対して、先ほどまでの態度とは一変して呆れた顔で璃星 が呟く。とはいえ、内心は感謝の気持ちの方が強かったのだが、恥ずかしさからいつものツンとした態度になってしまう。
「そうだな。そろそろ約束の時間だ。相手を待たせるのは良くない」
龍昊 は璃星 のそういうところがたまらなく好きだったので、わかりやすく満面の笑みで応えるのだった。
宿の一階、食事処。昼の鐘の前ではあるがすでに何人か客が席に着いていた。その中に"ある目印"を髪の毛に飾った女性の姿を見つけ、二人は階段を下り壁際の席の方へと移動する。
目印である青い花の髪飾りを身に着けた女性と背中合わせになるように、別の席に座った龍昊 は、自身も目印となる青い髪紐を手首に巻いた状態で右手を挙げて注文をする。
二人掛けの席で正面に璃星 が座っており、龍昊 の後ろにいる女性がちらりと視線を向けてきた際には小さく頷いてみせた。
朝餉を食べ損ねたこともあり、二人分の粥の他に何皿か適当に頼み、注文した食事が並ぶと同時に龍昊 が口を開く。
「食事が終わったらどこに行きたい? 璃星 の行きたい所に行こう。せっかくの休暇だし、名所巡りもいいな」
「そうですね。ここは国境に近く、丘から雪原が見えると聞きました」
「じゃあ丘まで行ってみよう」
璃星 は龍昊 に合わせて会話を交わす。特に打ち合わせたわけでもなく、あえてこのような会話をしている理由。
「すみません、あなたはこの町の方ですか?」
「あ、は、はい……そうです、けど」
「ああ、それは良かった。俺たち、王都から来たんですがこの町は初めてで。丘の他になにかおすすめの場所はあります?」
「ええっと……」
後ろを向いて気さくに話しかけてくる龍昊 に対して、女性はかなり戸惑っていた。
「ここを出て、適当に歩き回ってください。俺たちは距離を置いてついて行きますので、合図を送ったら路地裏へ隠れてください。合図は―――、」
賑わってきた店内に紛れるように、女性にだけ聴こえるような小声で囁く。女性は小さく頷き、再び正面を向いて自分を落ち着かせるかのようにお茶を口に含んだ。監視されていることは彼女自身も感じていたのだろう。
二人がちょうど食事を終えた頃、それに合わせるように女性はゆっくりと立ち上がった。店を出てきょろきょろと辺りを見回し、はあ、と深いため息を無意識に吐き歩き出す。
四十代くらいの女性は身なりも悪くなく、生活は不自由していないことがわかる。元宮女であればそれなりに給金もあっただろうから、しっかりと貯蓄していたのかもしれない。
調べによれば結婚はしておらず、家族は病気の母親のみ。貴種でも香種でもない能力的にも平均的な普通の種でありながら、尚食局 の宮女になれたのは彼女の実力か。
(……疑うわけではないが、そこからすでに始まっていたんじゃないか?)
長い年月をかけて先王は毒に侵されたということはわかっている。指示した者の陰湿さ、先王への怨みの深さ。それはまるで深淵の如く底が知れない。
元々いた宮女を使ったわけではなく、目的のために宮女を忍ばせたのだとしたら?
(だがなぜ彼女は生かされている?)
その者にしてみれば、彼女の生存は不安要素でしかないはず。それでも生かしておいた理由はなんなのか。龍昊 は璃星 と並んで歩きながら、そんなことばかりが頭を過った。
(数人、行方がわからない者たちがいるが、その者たちはすでにこの世にはいないだろう。王宮を去ったことを家族や恋人すら知らなかったのだから)
そんな中、唯一生存が確認できたのが自分たちの少し前を歩いている女性である。なぜ彼女が証言をしてくれる気になったのかも気になる。
罪の意識に耐えきれなくなった?
それとも他に理由があるとでも?
証人として表に出るということは、身の危険も伴うだろう。誰かに支持されていたとはいえ、王殺しに加担した罪は免れない。
龍昊 はすぅと静かに息を吸い、璃星 は身構える。
市井に響いた声に、その場にいた民たちが短い悲鳴を上げた。
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