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2-9 密談

 龍昊(ロンハオ)は唐突に振り向き、自分たちの少し後ろにいた中年の大柄な男の間合いに一瞬にして入ると、その懐を掴んでにっこりと見上げた。市井(しせい)は市で賑わっていたこともあり、周りにいた者たちは思わず短い悲鳴を上げた。 「俺の連れになにか用?」 「なんのことだ?」  龍昊(ロンハオ)よりも頭ひとつ分くらい背が高く、体格は倍くらい違う大柄の男が顔色一つ変えずに見下ろしてくる。纏っている衣は簡素なもので、この辺りの者にしてはかなり薄着だった。  それは王都からやって来た龍昊(ロンハオ)たちにも言えることだが、目の前の男は薄手の黒い上衣に白い下衣という装いで、明らかにこの地の者でないことがわかる。つまりは、ここ最近やって来たということ。 「ずっとつけていただろう? 何が目的だ?」  感情のない笑みを浮かべ、龍昊(ロンハオ)は相手の出方を窺う。目的などだいたいは予想がついていたが、あえて問う。それと同時に視線を外さずに他の者たちの動きを観察しつつ、妙な動きをしている者がいないか周囲の気配を探る。 (……四人、か。女ひとりに四人の監視? 貴種でも香種でもない普通の人間につけるには多いな。それだけあちら側にとって重要人物ってことか?)  目の前の男に掴みかかった時、確認できたのは三人。龍昊(ロンハオ)の行動に対して、迷惑がったり驚いたり怖がっている民たちの感情とは違う、微妙に違和感のある逆の反応と視線の動き。 「目的? ただ道を歩いていただけだが?」  あえて大立ち回りをしてもいいが、あまりやりすぎるとあとで蒼焔(ツァンイェン)に怒られそうだ。龍昊(ロンハオ)は何事もなかったかのように、懐を掴んでいた手を放し、肩を竦めた。 「すまない、俺の勘違いだったかも。お詫びに酒でも奢らせてくれ」 「……いや、気にするな」 「いやいや、それでは俺の気が済まない! 一杯だけでも!」 「今は急いでいるので、またどこかで会うことがあれば好きにしてくれ」  男は少し苛つきながらも冷静に対処しようと心掛けているのか、どこか挙動が落ち着かない様子で、しつこい龍昊(ロンハオ)からさっさと逃れたがっているように思えた。当然だろう。  こうしている間に、監視し追っていた女の姿が視界から外れてしまい、他の三人も一瞬こちらに視線を注視したせいで見失ったようだ。他の者たちが龍昊(ロンハオ)と男のやり取りを見守っている中、あたりをきょろきょろと見回し、何かを探している姿が視界の隅に映った。  殴り合いでも始まるのかと思っていただろう民たちは解散し、人の流れが再び戻る。足を止めていた市井の民たちは興味が失せたのだろう。二人の近くを避けながらすれ違っていく。  では失礼、と男はそそくさと去り、龍昊(ロンハオ)は気が済んだのかそれ以上は引き留めるようなことはしなかった。龍昊(ロンハオ)の目的はすでに達せられていたからだ。 「さて、俺も璃星(リーシン)を捜すか」  自身の番(つがい)である璃星(リーシン)を守護する火の精霊、緋癒(フェイユー)と繋がっているので捜すのは容易い。精霊は聖獣とは違い言葉を交わせるわけではないが、主である香種は意思疎通ができるらしい。  また香種同士はお互いの精霊が視え、精霊同士の意思疎通によりそれぞれの香種に伝えることは可能のようだ。番となった貴種は自身の能力次第で視える者と視えない者の差がある。精霊自身が人にも視えるように顕現していれば例外なく視えるが、それは稀な話だった。  一方その頃。璃星(リーシン)は龍昊(ロンハオ)が寸劇をしている最中、隙を見て元宮女の女と合流し、路地裏で身を潜めていた。人だかりを遠目で見つめながら、不安げにしている女の様子を窺う。 「大丈夫です。あのひとはあれでも有能な護衛官なので」  それは冗談や誇張ではなく事実なので、璃星(リーシン)は淡々とした口調で呟く。 「私は王宮で医官をしている璃星(リーシン)と言います。あなたは?」  定型文のような自己紹介をする璃星(リーシン)に対して、少し戸惑いつつも女はゆっくりと口を開く。 「……私は瑶明(ヤオミン)と申します」  四十代前後のその女は、見た目も所作も気品があった。独身なのには理由があるのかもしれない。訊きたいことは色々とあるのだが、龍昊(ロンハオ)が来てからの方が良いだろう。  璃星(リーシン)自身、昔から知っている龍昊(ロンハオ)や蒼焔(ツァンイェン)以外の人間との会話が得意ではなく、表情が乏しく冷たい印象を与えてしまうことも知っていたため、自己紹介程度に留まった。 「……お連れの方は恋人ですか?」 「ええ。番関係にあります」 「そうですか。貴種と香種の関係性は、私たちのような普通の種ではわからない深い繋がりがあると聞きます」  番という制度はこの国に関わらず、他国でも同じようなものと聞く。絶対的な繋がり。離れていても心も身体も繋がっている。その感覚は普通の種には理解するのは難しいだろう。  精霊の守護を生まれながらに持つ香種にとって、番の貴種はそれを共有する存在であり、人によっては最大の理解者ともいえよう。  だからこそ、龍昊(ロンハオ)の存在は璃星(リーシン)にとってなによりも大切で。言葉にすることはないが、自分を番として選んでくれたことに感謝している。他にも彼に見合う優秀な香種がいただろうに、自分以外はいらないと言う。 「私のようなただの種でも、あの方のためならという思いで恐ろしい過ちを犯し続けました……けれども、やはり私には到底耐えられなかったのです」 「あなたが言うあの方とは」 「もうお調べになられているのでしょう? それを確かなものとするために私の証言が必要だと、そう、理解しております」  先ほどまでの不安げな表情からは考えられない強い眼差しで瑶明(ヤオミン)は見上げてきたが、それに対して璃星(リーシン)は冷静な面持ちで肯定も否定もしなかった。  先王の毒殺を指示した者と、それを実行した者。見て見ぬふりをした者。そしてあの白い花を提供し、主犯と共謀した者。  この件に関わっていたのは一人二人ではないだろう。でなければ、毒見や侍医の目を盗んで王を毒殺するなど不可能だ。 「お待たせ。追手は上手く撒いてきた」 「では、このまま宿に戻りましょう」  密談はやはり外よりも室内の方が都合が良い。  三人は遠回りをして監視の目から一時的に逃れつつ、人ごみに紛れて宿へと辿り着く。  龍昊(ロンハオ)は宿の店主に金を渡して口利きをし、誰も通さないようにと約束させた。ただし身の危険を感じた場合は、こちらが有利になるように上手くやってくれと伝えおく。  あちら側にしてみれば騒ぎにはしたくないだろうから、強硬手段という悪手には出ないと思うが。 「話してくれるか? あなたが先王の死にどう関わったのか、その経緯を」  部屋に着くなり備え付けの椅子に璃星(リーシン)と瑶明(ヤオミン)を座らせ、龍昊(ロンハオ)は部屋の入り口辺りに剣を抱いたまま腕を組み、軽く寄り掛かった。 「……私が尚食局(しょうしょくきょく)の宮女に配置されたのは、実力でも偶然でもありません。最初から、そうなるように仕組まれていたのです」  瑶明(ヤオミン)はぐっと唇を噛み締めながら、声を震わせた。彼女の口から語られた真実。すべては、先王を殺すことを決めたその時から始まっていた。 「私は利用されているとわかっていながらも、あの方に従いました。甘い言葉も約束も、偽りと知っていながら」  それでも愛してしまったから。  愛した人が望むのなら、自分は大罪人になっても構わないと。 「私はきっと、あの方に殺されるでしょう。今まで生かされていたのは母が病で臥せっていたから。あの方の温情といえば聞こえは良いですが。しかしそんな母もひと月前に亡くなり、私にはもう何も思い残すことはありません」  言って、瑶明(ヤオミン)はどこか悲し気な笑みを浮かべるのだった。

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