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第3話
ノルムがここへ来てから、数日が経った。
研究は二日ほど前から本格的に始まり、アシスタントであるアウダの仕事ぶりも、概ね問題はなかった。
もちろん、完璧というわけではない。
だが、初めて触れる研究内容を補佐する者としては、十分すぎるほどだった。
(……適性は、あるな)
そう判断せざるを得ない程度には、要点を理解し、動きも早い。
食堂で顔を合わせた研究員たちに、何気なくアウダの名を出してみたこともあった。
だが返ってくるのは、決まって同じ反応だ。
「知らないな」
「聞いたことがない」
それ以上でも、それ以下でもない。
(しかし……)
本人も「自分は新入りだから、知られていない」と言っていた。
委託研究所という性質上、人の出入りが少ないのも事実だ。
(そんなものなのだろう)
そう結論づけて、ノルムは深く考えるのをやめた。
研究が進んでいる以上、今はそれ以上の理由を探す必要はない――
少なくとも、彼自身はそう思っていた。
そんな生活が続いていた、ある日のことだった。
机に積み上げていた学術書の山が、わずかにバランスを崩し――
次の瞬間、音を立てて崩れ落ちた。
「……っ」
ノルムが身を引くよりも早く、
視界の端で影が動く。
「おっと……。エベリア先生、大丈夫ですか?」
気がついたときには、落ちかけていた書籍のいくつかが、すでに床に届く前で受け止められていた。
研究補佐と言うには、あまりにも無駄のない動きだった。
「アウダくん……君は……」
言葉を探すノルムに、
アウダは変わらぬ笑みを向ける。
「僕ですか?ああ、実はスポーツやってたんですよ」
軽い調子。
まるで、それだけで十分な説明になると言わんばかりに。
その瞬間、ノルムの胸の奥に、言葉にならない感覚が引っかかった。
――申請していないアシスタント。
――誰も存在を知らない新人。
――研究員とは思えない、しなやかで洗練された身のこなし。
(……おかしい)
そう断定するには、材料が足りない。
だが、見過ごすには――妙に、生々しい違和感だった。
その正体を確かめる術は、今のノルムには、まだ無かった。
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