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第6話
一週間ほど経った、ある日のことだった。
アウダは、何かを決めたような表情で、不意にノルムへ声をかけてきた。
「エベリア先生。僕……ここ最近、ずっと考えていたんです」
ノルムは手を止め、ゆっくりと顔を上げる。
「“安全に使えるように研究する”って、どれほど理想的で、どれほど難しいことなのか」
アウダは言葉を選ぶように、慎重に続けた。
「危険に使う方が、よっぽど簡単なのに。力を誇示する方が、成果は早く見えるのに」
一度、静かに息を吸う。
「それでも、あなたはずっと、難しい方を選び続けている」
その声音は、ひどく落ち着いていた。
「……きっと、僕らは」
「とんだ思い違いを、させられていたんでしょうね」
それが何を指しているのか、ノルムにはすぐには分からなかった。
けれど――
アウダの声色と、その真剣な眼差しから、彼の中で何かが、確かに壊れ、そして組み替えられたのだと、それだけははっきりと伝わってきた。
「……あ、そうだ」
ふと思い出したように、アウダが続ける。
「この前の傷……良くなりましたか」
「あぁ、あれか……」
ノルムは一瞬だけ言葉を濁し、それから袖を軽く引き上げた。
「……ほら」
露わになった皮膚には、一度塞がったはずの痕が、まだ薄く残っている。
アウダは、それをじっと見つめた。
「……本当に、なかなか消えないものなんですね」
「うん」
短く答えてから、ノルムは視線を逸らす。
「これは……そうだね。消えないように、なってしまうんだ」
アウダの指が、わずかに止まった。
「……消えないように、って……その話、前も……」
「私はもう……精神魔法に、かかりすぎたらしい」
淡々とした声だった。
「観測データがないとね。実験の前後で……記憶が、抜け落ちてしまう」
まるで、他人事を語るように。
「何を考えていたのか」
「何を感じていたのか」
「どこまで進んだのか」
「……全部、曖昧になる。今回だって、そうだった」
一拍、間を置いてからノルムは続ける。
「だから、あの後から君がやけに私を避けていたのも、私には……急だった」
自嘲気味に、ほんの少しだけ笑う。
「だから、痕が必要なんだよ。“ここに、確かにいた”っていう、目印として」
沈黙。
研究室には、器具の微かな駆動音だけが残っていた。
ただ、アウダはその傷から目を離さず、ほんの一瞬だけ――
歯を、きつく噛みしめた。
それからのアウダは、以前よりもずっと真剣な表情で、補佐にあたるようになった。
ノルムが判断に迷えば、いつの間にか背後に立ち、静かに助言を差し挟むこともある。
また、どこか張りつめていた空気が抜けたのか、自然な笑みを浮かべる場面も、以前より増えた。
それが何を意味しているのか、ノルムは深く尋ねなかった。
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