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第7話

ある日の業務終わり、平穏は、あまりにも唐突に破られた。 黒衣の男が一人、天井裏から研究室へと侵入してきたのだ。 軽い着地音にノルムが振り向いた時には、すでにアウダは拘束されていた。 男はノルムを一瞥すると、そのまま天井裏へ戻ろうと身構える。 アウダが連れて行かれる理由など、本来なら――どこにもないはずだった。 閉ざされた研究室の中で、ノルムは声を荒らげる。 「待て!彼が拘束される正当な理由はない!ここで働いているのは、国の委託を受けた研究員としてだ!」 理路整然としているはずの言葉は、どこか必死さを帯びていた。 それに対し、黒衣の男は薄く笑う。 「え?あぁ……まだ教えていなかったのか。 こいつは──」 「……言うな。自分で、話す」 アウダが一歩前へ出る。 低く、しかしはっきりとした声だった。 「……僕は……元々、隣国の諜報員だった」 ノルムの視線が、ゆっくりとアウダへ向けられる。 「それじゃ……アシスタントとして私の元に来たのも……すべて、諜報目的だったということか?」 「……最初は、そうだった」 胸が締め付けられる。 それでも、アウダは視線を逸らさなかった。 「組織からこの研究所の認証キーを渡されて、ノルム・エベリアの研究成果を持ち帰ることが任務だった」 一度、息を整える。 「でも……もう、抜けようとしていた。ここに残りたいって……思ったんだ」 震える声で、言葉を重ねる。 「諜報員として教え込まれてきたものが、全部、都合のいいヘイトスピーチだったって分かって……」 「それなら、ここで研究を手伝っている方が、ずっと楽しいと思った。ずっと、満たされると思った」 ノルムが、息を呑む。 だが―― 黒衣の男は淡々と告げた。 「……そう思ったとしてもだ。今まであれほど働いてきた優秀な諜報員を、簡単に逃がすほど、上は優しくない」 アウダの腕を掴む手に、力が込められる。 「行くぞ」 アウダは、抵抗しなかった。

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