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第8話
マフィス王国を離れ、久々に故郷の土を踏んだアウダは、そのまま石造りの牢へと押し込まれた。
牢は静かだった。
目を閉じると、脳裏に浮かぶのは――
あの日見た、ノルムの腕に残る痕。
それは、敵国の人間が持つはずのないものだった。
「……僕は、何を信じたら良かったんだ……」
冷たい床。
薄暗い灯り。
遠くで響く足音。
アウダは一晩、そこで過ごした。
――それでも、不思議と恐怖はなかった。
(……きっと、こうなるって分かってた)
換気用の小さな穴から差し込む光で、夜が明けたことを知る。
(……エベリア先生は、今頃どうしているだろう)
足音に気づいて顔を上げると、いつの間にか辺りは再び暗くなっていた。
重い扉が開く。
現れたのは、上司と、かつての同僚だった。
「処遇が決まった」
上司は、目を合わせずに言う。
「国を裏切った諜報員は、本来なら処刑だ」
アウダは黙って聞いていた。
「だが……お前の過去の実績を鑑みて、今回は“追放”という形を取る」
アウダは目を見開く。
「条件はひとつ。二度と国境を越えるな。……姿を消せ」
それが、どれほどの温情か。
痛いほど分かっていた。
「……ありがとうございます」
「……今まで、ご苦労だった」
上司はそれだけ言い、背を向ける。
残った同僚が、鍵を外した。
「……俺らだって、お前を傷つけたいわけじゃない」
小さな声だった。
「行け。もう……戻ってくるな」
夜明け前、国境沿いで見送られた。
アウダは、振り返らなかった。
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