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深夜0時近く。 雨上がりの匂いが時計台の中にひっそりと漂う。夜空には薄く月が見えて、風もほとんど吹いていない。 重なる10分前になると、短針の声が聞こえてきた。 「……起きてるか、長針」 その声だけで胸が熱くなる。 「起きてるよ。……短針の声、聞きたかったし...」 ほんの少しの沈黙。短針が、わずかに僕の方へ傾く気配を感じる。 「そうか。……お前が言うと反則だな。ドキッとする」 「僕だって……ドキッとしてるし...」 もうすぐ会えるって思うと、ドキドキしていた。普通じゃない。さっきからずっと鼓動が速い。短針は気づいてないのか、気づいててわざと言わないのか。どっちだろう。 「……夜だけど、きょうは熱いな。ああ、お前が熱いのか?」 「ちっ…違うって、僕じゃないよ! 外が熱いんだって」 「はは、じゃあ、触って確かめるか?」 「……っ、ばか……」 やめて。そんなこと言わないでと、思うが言葉にならない。もうすでに頭が熱い。 重なる時間が近づいてくる。息をしていても胸が苦しくなるくらいだ。 「なあ、長針」 「うん..」 「触れたい」 その一言で、世界が止まったみたいだった。 「短針……」 「あと5分だな」 「うん……」 「早く……近くに来い」 「……行くから……そんな言い方しないでよ……逃げないし…」 「はは、なんだよ... 俺、我慢……できないぜ」 僕の針先が短針を向く。短針も僕へ寄ってくる。声が震えてるのがわかる。 「長針……」 「なに……?」 「触れたら……逃がさねぇからな」 その声だけで、全身に熱が広がるのがわかった。 重なる3秒前。 短針が、まるで吸い寄せられるように僕へ向かってくる。短針の腕が、僕の腰に強く回る。いつもよりずっと強く、離れられないように抱き寄せられた。 「っ……短針……!」 「……細い。抱いたら全部包めそうだ…」 短針が僕の顔の近くに。触れたら壊れそうなくらい近い。 2秒前。 「んん…」 強く抱きしめられて声が上がる。 「長針……声、可愛いな……」 「違……っ……そんな、言い方……」 「お前の震えが……手に伝わってくる。 逃げようとしないのな」 「逃げないって……言ったじゃん……」 「ああ、そうだったな」 0時0分。 息が止まった。短針の唇が僕の唇をそっとなぞる。強く抱き寄せられ深いキスをされる。それだけで全身が痺れた。 「……好きだ。ずっと触れてたい」 「…短針……」 「離したくねえな。でも、あと数秒しかねぇ」 たった数秒間だけの、短針と長針の世界。 短針の腕が僕の腰に絡まる。抱きしめられて、キスをされると、心臓が針を振り切りそうなくらい速くなる。 __『カチ…』 重なる時間が終わる合図。腕がほどかれる前に、短針が最後に呟いた。 「次の時間……また触れさせろよ」 この後は知っている。 声が届かなくなるんだ。 けれど、針先の余韻がまだ残っていた。僕はひとり震えながら、次の40分を数え始める。 短針の声が消えて、時計台に静けさが戻る。……はずなのに、僕の胸だけは落ち着かなかった。 キスの余韻はまだ唇に残っていて、腰に触れた短針の手の感触がじんわり熱を持っている。 「……好き」 つぶやいた瞬間、胸の奥がぽっと灯ったみたいに熱くなる。 さっきまでのことを思い返すと、恥ずかしくて、嬉しくて、なんだか笑いそうになった。 触れられたくて…会いたくて…次の時間がこんなに待ち遠しいなんて… こんなふうに次の時間を数えるなんて、知らなかった。 でも、今はそれがすごく楽しい。 「次、会ったら……どうしよう」 考えた途端、胸がどきんと跳ねる。 キスの続きだって欲しいし、触れられたらまた震えるだろうし、名前を呼ばれたら絶対顔が熱くなる。 ……でも、それだけじゃなくて。 「……気持ち、言ってみようかな」 想像しただけで、針先がわずかに震えた。 けれど、不思議と嫌な怖さじゃない。 告げたい。伝えたい。 短針に、ちゃんと。 そう思えるって、こんなに明るくて甘い気持ちなんだ。 次の重なる時間、短針の顔を見たら、きっと胸がまた騒ぐ。でも、その瞬間が今から楽しみだ。 恋をすると、40分の静けさが少しだけ光って見えるんだな。 「よし……次、言う。絶対」 小さな声で決意すると、胸の奥がふっと跳ねた。 明るい未来に向かって、針がそっと進むような気がした。

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