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第2話

今、僕の目の前に一磨がいる。僕と付き合うことを事務所に受け入れさせたから、こうやって会うことができる。でも、どんなに忙しくても最低でも月に1回は必ず僕と会うということも、ちゃっかり条件に盛り込んだらしい。  僕たちはやっと二人の思い出の場所で会うことができたが、最低でも月1回という約束はやはり叶いそうもない。僕たちが会えたのは、1月のラジオ局の屋上でキスを交わした時依頼で、あの日から既に3か月が過ぎてしまったのだから。  この喫茶店は自分たちが学生の頃よく通ったラジオ局の一階にある。カフェと言うよりは喫茶店と呼ぶ方が相応しい、懐かしい雰囲気を醸し出しているところが魅力的な店だ。  一磨の今日の服装は、芸能人北村一磨があまりしないカジュアルな恰好だ。フードのついたグレイのパーカに黄色が差し色の紺色の薄手のベストを羽織、ダメージの効いたブルージーンズを履いている。もう溜息が出るほど格好良くて、僕は待ち合わせで一磨を一目見た時からずっとドキドキと胸を鳴らしている。でも、一磨はニット帽を目深に被り、わざと縁の太い黒い眼鏡をかけていて、そこはまるでウォーリーみたいで笑える。  自分なりには上手く『北村一磨』だということをバレないように誤魔化しているつもりなのだろう。確かに、まだ誰にもバレてはいない。でも、その目立つオーラは図らずも人の視線を引き寄せてしまう。そればかりはいくら変装まがいなことをしても隠せないのが、やはり北村一磨なのだと、僕は密かに痛感する。  一磨はこの店でのお決まりの、オリジナルブレンドのコーヒーを頼み、僕もいつものミルクティーを頼んだ。今は平日の15時。ちょうど混む時間でもある。どのテーブルも客で埋まっていて、この店の人気が伺える。  僕と一磨はいつも座る窓際の席に座り、通りを行き交う人をぼんやりと眺めた。平日だけあって、皆忙しそうに足早に歩いている。店の客の中には、ラジオ局関係の人たちでもいるのか、真剣にタブレットに目を通しながら、仕事の打ち合わせでもしているような雰囲気を感じる。 「湊……」  一磨はコーヒーを一口飲んだ後、いきなり前屈みになると、自分の手を伸ばし、テーブルに置いていた僕の手をそっと掴んだ。僕は一磨のいきなりの行動に驚き、ハッとして自分の手を引こうとした。でも、一磨は力を入れてそれを制する。 「な、何してるの? こんなとこでっ」  僕は焦って小声で一磨にそう言った。 「いや、別に。急に湊に触れたくなっただけ」  一磨はあっけらかんとそう言うと、にっこりと笑った。その笑顔があまりにも、あまりにも素敵で、そのせいで僕の心臓は一磨によって増々寿命を縮められてしまう。 「ダ、ダメだよ。そんな軽はずみな行動は。良くないと思う」  僕は動揺を隠すように、わざとクールにそう言ってみせた。でも多分、顔は真っ赤になっているに違いない。 「そんな堅苦しいこと言うなよ……ほら、湊の手、熱い……」  一磨は首をわざと傾げながら、僕の目を探るように見つめた。僕は一磨から慌てて目を反らすと、自分の視線の行き先が分からず、バカみたいに瞳を泳がせてしまう。 「ねえ、湊。俺今日は一晩中湊と一緒にいられるんだ。明日の10時まではオフだから。湊は? 湊も大丈夫だよね?」  一磨は、まるで僕を死んでも逃さないというような真剣さで、僕を真っ直ぐ見つめながらそう言った。 「だ、大丈夫だけど……でも、それって、どういう意味なの、かな……」 「分かるだろ? 言わなくても。俺、このチャンスを絶対に逃したくないんだよ」  一磨は僕の握る手を更に強く掴んだ。僕は思わず「いたっ」と声に出してしまい、慌てて周りを見渡した。 「ごめんっ、つい……」  一磨は反省したようにそう言うと、今度は優しく、自分の親指で僕の掌を官能的に擽った。その刺激に僕の頭の芯が一瞬で霞がかかったようにぼんやりしてしまう。一磨におかしなスイッチでも入れられたみたいに、僕の体の血が熱く疼き始める。  ああ、もう……一磨のバカ……。  僕は期待と不安で本当にどうにかなりそうなのを必死に堪えながら、一磨の手をぎゅっと握り返した。

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