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『姉様』  いつかの昔に聞いた、アイゼンの声が蘇る。十二歳の彼の、幼い声音。……アイゼンとその姉・オリヴィア王女との会話をルーンハルトが聞いてしまっていたことを、だが当人たちは知らぬままだろう。 『俺は、王になります。――父様の後を継ぎ、この国の王に』  その時、王城の庭園には、ゆったりと地上を歩む恐竜たちの姿があった。 「魔法仕掛けの庭園」と呼ばれる、エーベルン王国発祥のガーデニング方法だ。庭師の造園技術と魔法使いの魔法を見事に組み合わせて創り出されるその庭は、無邪気な子供が「もしこうだったらいいな」と思い描く空想すら、ひとときの現実に変えられる。  この庭を歩く恐竜たちは半透明で、触れることは叶わない。見上げるほどの巨体を持つ彼らは、まるで目に見える風のように儚い存在だった。 『あら。「きょうりゅうはかせ」になるという夢は、もういいの?』 『恐竜は……好きだ。でも、それは俺のやるべきことじゃない。この「きょうりゅう」たちが、そう言ってる気がするんだ』  彼の目に映る恐竜たちは、陸を歩くものだけに限らない。空を往く翼竜や、本来は海の中にその体躯を任せる首長竜なども――もちろん、アイゼンが好きだと名を挙げたクロノサウルスも――、大きな宙空を、自由にするりと滑ってゆく姿を見せていただろう。  さらには魔法仕掛けの庭そのものにも、さまざまな仕掛けを施してあった。  空の色は刻々と移り変わり、半刻ごとに、昼の太陽を模した白い宝石が、夜には太陽と対となる黒い宝石が、それぞれ象徴として浮かぶ。また時折、魔法の四つの属性に準じた、四色の風が吹き抜けるのだ。火、水、木、土。きらきらと細かな光の粒を零しながら、柔らかな風は恐竜たちの間をゆったりと駆けてゆく。  そして空の遠く、うんとじっと目を凝らすと、そこには赤い星が見えるだろう。  ……程なく墜落する、大きな隕石。  それはこの地上から恐竜たちをすべて消し去ってしまう、運命の星だ。  大きな風のように庭をたゆたう恐竜たちは、この透明な箱庭の中で、滅びの時を生きているのだった。 『この庭は、とても不思議です。恐竜たちはとても穏やかだ。なのに彼らの瞳には、いずれ来る絶滅すら見えているんだろうと思える……』 『ここ最近のあなたがずーっとこの庭に入り浸っていた理由が、ようやくわかったわ。……対話をしていたのね』  恐竜たちの姿を通して――自分自身の、夢と。  はい、と静かに、アイゼンは頷く。静かだが、強い声音だった。 『俺は、「きょうりゅうはかせ」にはなりません。この国から、もう逃げない。それがどれだけ重くても、父様の次に冠とマントを戴くのは、俺なんです』 『アイゼン。私の可愛い弟。たった十二歳のあなたに……自由な夢を見させてあげられなくて、ごめんなさいね』  オリヴィア王女は涙の滲む声音で、弟を慮る。  もし、市井の子供ならば。  仮に名のある貴族だとしても、せめて王族でさえなければ。  少年時代の彼が胸に抱いた「きょうりゅうはかせ」の夢は、きっと叶えられただろう。  初めて会話をした幼い日、ルーンハルトの図鑑を力いっぱいの笑顔で覗き込んでいたアイゼンだ。青年になってもそっくりおんなじ笑顔をして、毎日土まみれになって化石を発掘している――そんな姿は、容易に想像出来た。  高い高い生け垣が、天然の壁を築く。その外側に立つルーンハルトは、すぐ内側にいるアイゼンの表情を強く思った。……いまの彼はきっと、自分が知る七歳の頃の笑顔ではないだろう。  本来、強く輝く太陽こそがいちばんに似合う男の子だったのに――それを捨ててでも、「王になる」と決めた、十二歳の彼は。

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