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 サルーベックの街からドレスドまで、馬車なら半日、早馬なら数刻だ。  平素であれば広大な敷地をのんびりと見て回れるはずの王立公園は、緊迫感に満ちた戦場の様相を呈していた。公園の外れにはすでに防護結界が築かれており、それを指揮しただろうダニエルの仕事の早さと確かさをひしひしと感じる。  騎士団の張る防護結界は、本来、魔獣の襲来から集落を守るためのものだ。だからこその強度と、大きさだった。  最後の馬を借りに馬場へ向かうと、そこには濃茶色の髪を持つ旧友の姿もあった。彼の手が二つの手綱を握っていることに気付き、ルーンハルトは銀の髪を波打たせて首を振る。 「ダニエル。……君は、結界の外に出てはいけない」 「だったらなんで、おまえだけは出て行こうとするんだ。――三年前も、おまえだけがアイゼンの元へ行った。あいつと同じ隊にいた俺は、……あいつを、見捨てねばならなかった。いまとそっくり同じように……っ」 「ダニエル」  悔恨に耳を傾けている余裕は、正直ない。ルーンハルトは冷静な口調を取った。 「数刻後には、季紗様がこちらへ到着される」 「! 季紗、様が」  サルーベックからドレスドへと馬車で向かっている聖女についての報せはまだ、この前線にまでは届いていなかったのだろう。ダニエルは濃茶色の瞳を素直に丸くし、次には前衛部隊長の顔付きになる。 「……魔石の浄化を、されるんだな」 「季紗様でなければ、それは出来ない。だからダニエルには、彼女を確実にアイゼンの元まで連れて来てほしい。アイゼンはいま、この森の奥で戦っているんだろう?」  王立公園の先に広がるのは、深い森だ。めったなことでは人が踏み込むこともない手付かずの森は、王国の東部に位置するこのドレスドから南部の街・ディリンヘンへかけて広がっている。ディリンヘンには、三年前の自分たちが卒業試験を行った山岳地帯があった。 「僕はこれから彼の元へ向かうけれど、正直を言えば、出来ることは何もない。それでも得意の魔法陣を駆使して結界を張れば、どうにかアイゼンを護れるはずだ。そうやって一秒でも長く時間を繋いで、――聖女様を待つ」 「魔法陣か……。そういえば、おまえはそいつのエキスパートだったよな」 「僕がアイゼンに見初めてもらったのは、魔法陣の知識とそれを扱う技術が抜きん出ていたおかげだからね」  士官学校時代、アイゼンが「学友」として認め、傍近くに置いていた生徒は五人だ。  無論、その筆頭はダニエルだった。  アイゼンの立場からすれば、士官学校の「学友」は将来の臣下候補に他ならない。事実、見初められた五人は皆、卒業後は王城へと上がった。いまはそれぞれの場所で経験を積んでいる最中だが、いずれ時が移れば、彼の元へと再び集結することになる。  ――アイゼンの治世の下、腹心の臣下として伺候(しこう)するために。  ルーンハルトとダニエルは、そういう間柄だった。 「ダニエル。聖女様は強力な結界を張られる。だから万が一にも、魔獣の攻撃を受けることはないと思う。それでも、満足な乗馬経験すらなければ、深い森になど踏み入られたこともない……僕たちからすれば、赤子みたいなお方なんだ。どうか怪我のないように連れて来てほしい」 「季紗様については、心得た。だがな……」 「ごめん。僕はもう、行くよ」 「……」  百の言葉を飲み込んだような表情をするダニエルから手綱を受け取り、ルーンハルトは新しい馬に乗った。足の速さよりも、木々の合間を抜けることを考えた、小柄な馬だ。それでも、ある程度まで奥へ行くと馬では走れなくなるだろう。  そうなったら放してやってくれ、とダニエルが言う。 「賢い馬だ。自分でここへ戻って来る」 「うん、わかった……」 「ルーンハルト。俺は、アイゼンの傍らからずっと、おまえを見ていた。だからわかることもある。……けれど、どうしてもわからないことも、ある」  三年前、一人結界の外側に立ったアイゼンを助けたのは、おまえだ。ダニエルは低い声音でそう言い、ひそりと眉を寄せた。彼の表情に浮かぶのは、純粋な疑問だ。……そんなことが、普通の人間に可能なのか、と。  それに答えている暇など、いまはない。  ルーンハルトは振り向かず、馬の腹を蹴った。背に流れる銀の髪を掬うように、ダニエルの独り言が触れてくる。 「おまえはいったい、何者なんだ?」

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