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『糸の魔術師』
アーロン副騎士団長に睨まれつつ、カナタとのキスと抜き合いはやめなかった。カナタには人肌の温かさが必要そうな気がした。僕が抱きしめてやることで、重すぎる使命を抱えた孤独な異世界人が少しでも安心してくれたらいいと思う。
僕としても、大きな体に抱きしめられるのはホッとする。旅にストレスを感じているのは何もカナタだけじゃない。僕にも癒やしは必要だった。
カナタは時々、熱の篭った目で僕を見ていた。たぶん抱きたいんだろうな。僕だってやぶさかでないのだけれど、丸一日の休日はなかなかない。翌日も馬車に揺られて移動すると思うと、腰や尻は大事にしたかった。
旅は順調。僕は馬車の中で破れた装備を繕ったり、新しいものを縫ったりしながら、勇者パーティについていく。
靴下に刺繍を入れていた時だった。外で誰かが叫ぶ声がした。
「スライムだ! カナタ様、下がって!」
この世界のスライムは決して雑魚ではない。見た目はでろでろした不定形で可愛くないし、迂闊に触れると肌が爛れる。核を破壊しないと倒せない。基本的に剣が効かないから、高威力の魔法で対処するのが定番だ。もちろん弓なんて効くわけがない。
甲高い悲鳴が上がった。魔法使いの声だ。魔法で攻撃するなら彼女が主力である。もしかして、何かあったのか。僕は靴下をその場に置いて、馬車を出た。
「キースさん! 出てきちゃ駄目だ!」
カナタの声に、大丈夫だと手を振った。見れば、魔法使いの足にスライムが張り付き、取れずに苦戦しているらしい。
「下がってください、キース殿!」
アーロン副騎士団長が僕の肩を掴もうとした。
「待って!!」
叫んだのは治癒士だ。
「キース様。お願いです! エディスを助けて。もし今大怪我をしたら。私、魔力が足りません」
魔法使いの名前、エディスというのか。あまり興味がなくて覚えていなかったな。そのエディスはほとんどパニック状態で、やだやだ助けてと弓使いにしがみついている。
「何を言って」
「アーロン副騎士団長、離してください」
僕は騎士の手を振り払い、自分の魔力から無数の糸を紡いだ。蜘蛛の巣のように、投網のように、編んで絡めて、魔法使いの足元に放った。
網状にした魔力糸を操り、スライムを包み込む。魔法使いの肌を傷付けないように気を付けながら、糸で覆っていく。
「キースさん?」
カナタの訝しげな声は無視して、糸を引いた。スライムの柔らかな体は簡単に糸が食い込む。でろでろと流れ蠢く様子が気色悪い。
そのまま網を縮めていけば、スライムの核だけが中に残った。
「砕けろ」
そう呟いて、強くきつく糸で締め付けた。パキッと音がして、スライムがでろりと広がり、動かなくなる。
ほうっと息を吐いた。良かった。こういうことをするのは久しぶりだったけれど、支障なく糸を操ることができた。
魔法使いの足はブーツがほとんど溶かされて、膝下が赤くなっていた。痛々しい。けれど、治癒士が治せる範囲内だったようで、すぐに綺麗になっていった。予備のブーツを出さないとな……
「えっと、あの。ありがとう」
エディスが泣き笑いの顔で言う。
「やっぱり、あなたが『糸の魔術師』なんだね」
僕は苦笑して答えた。
「まあ……その呼び名はあまり好きじゃないんだけどね」
若気の至りというのか、十代半ば頃。僕は少しの間だけ冒険者として活動していたことがあった。治癒士と魔法使いはどうやら、その頃の僕の噂を聞いていたらしい。
「どうしてあなたが戦闘に参加しないのか、不思議だったんです。オークの首を糸で刎ねたなんていう逸話まであるのに」
治癒士に言われて、僕はあははと笑った。
「よく知ってるね」
僕は魔力から紡いだ糸を自在に操ることができる。糸の性質を変えることも、自分の体の延長のように動かすこともできる。拘束も絞めることも切断することも、糸の太さや丈夫さを加減すれば僕には難しくない。
糸の先端を針のようにして、布や革を縫うことができる。それはつまり、敵の体に突き刺すことだってできるということ。
僕の糸は触手にも近い。突き刺すことができれば、そこから糸を侵入させることもできるだろう。おまけに僕は空間魔法に適性がある。もしそれを組み合わせたら。
魔法で相手の体内を探りつつ、糸を侵入させて内臓を直接破壊できるのではないか。いや、魔法を使わなくても、位置がわかりやすい臓器なら。例えば脳とか……そんな自分の能力について考えて、僕は戦うことを辞めた。
何故かと言えば、自分には国王の暗殺も可能だと、やりはしないが簡単にできてしまうと思ったからだ。僕にとって、人間はとても柔らかいのだから。
戦うことを続けていれば、誰に目を付けられていたかわからない。暗殺者にされていたかもしれないし、変な疑惑を掛けられ、囚われていた可能性もある。
ただでさえ僕は《神器》作りで忙しい。たとえ勇者がいなくても、注文は途切れないのだ。これ以上、国から睨まれたり何かを強いられるのは避けたかった。
「僕の糸は物を作るためにあるからね。武器にするのは違うかなって、反省したんだよ」
戦わなくなった理由をそう言い訳した。
「キースさんって、強かったんだ」
カナタが拗ねたような声で言った。
「まあ、それなりに」
「俺と一緒に戦うのは嫌だった?」
「そうじゃないけど」
「じゃあなんで戦えないふりしてたの」
「僕の能力、暗殺者向きなんだよ……」
僕はカナタには隠さずに本当のことを説明した。
「武器になるのが魔力から紡いだ糸だからさ。痕跡も何も残さずに人を殺せるんだよな」
「それは魔法も一緒なんじゃ」
カナタの言葉に僕は首を横に振った。
「攻撃魔法は魔力の動きが大きい。ほとんどの魔法使いは、近くで他人が魔法を使えばそれに気付く。でも、僕の糸はそこまで大きく魔力が動かない。だから気付かれないんだ」
「そっか……キースさんの力、悪用されたらかなりまずいね」
「そういうことだよ」
会話が途切れて、なんとなく見つめ合う。カナタの手が僕の頭を撫でて、そのまま後頭部を支えられた。
深く口付けられながら、上手になったなと思う。歯をぶつけることもなくなってきたし、呼吸のしかたも覚えた。どこが僕の感じやすい場所なのかはたぶん把握されている。気持ちいい……
「キースさん」
顔を離して、でも至近距離で、カナタが言った。
「魔王を倒せたら、ご褒美が欲しい」
「王様が何かくれると思うけど」
「そうじゃなくて」
大きな手が僕の腰を撫で、尻を揉んだ。なるほど、そういうご褒美ね……
「いいよ、あげる」
僕はカナタの首に腕を回して笑った。
「カナタが魔王を倒せたら。僕の初めてをカナタにあげよう」
まあ、この体の……だけど。流石に前世の記憶をなかったことにはできないから、初々しさとかはあんまり期待されても困るけど。
「約束だから。忘れないでよ、キースさん」
「うん」
僕たちはもう一度、深く口付け、それでは足りずに互いの熱を擦り合わせた。
あれ、もしかして。少し自己開発しておかないとまずいか……?
カナタは童貞だ。どのくらい『待て』ができるかわからない。おまけに持ちものがでかい。僕は小柄で、正直、受け止めきれるか心配になった。
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