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第3話

「いえ……本気です。エミールには申し訳ないとは思っています。けれど、自分の気持ちに嘘はつけません。俺が好きなのは、生涯をかけて愛すると誓うのはリヒトです」  国王の顔はますます引きつり、王妃は口元を押さえて首を振った。周囲の視線はより一層厳しくなり、カーティスの隣にいる理人は感極まったのか、目を潤ませている。  頼むからもうちょっと冷静になって欲しい。二人とも恋愛脳かよ。 「いい加減にしてください、兄上」  静寂を切り裂くように、凜とした声が響いた。  第二王子、アデルバートが厳しい表情でカーティスと理人を見据えている。 「アデルバート……」  一つ下の弟の名を、呆けたようにカーティスが呟いた。 「兄上の気持ちはわかりました。けれど、わざわざこの場で言うべきことだったとは私は思えません。エミールを辱めることになるとは思わなかったのですか?」  アデルバートの言葉に、思うところがあったのだろう。恥じ入るように、カーティスが俯いた。エミールも、まさかここでアデルバートから庇われるとは思わなかった。けれど、この流れはありがたかった。 「ありがとうございます、アデルバート殿下。だけど、いいんです。本当は私も、王太子殿下のお気持ちがもう自分にないことは、わかっていたんです」 「だが……」  アデルバートに対し、エミールは小さく首を振り、そのまま国王夫妻の方へ向き直る。 「国王陛下、恐れながら、私から発言させていただいてもよろしいでしょうか」 「あ、ああ勿論……」  困惑しながらも、国王は頷いた。婚約してから王室内の行事には全て参加していたこともあり、国王夫妻とは円満な関係を築けていた。  特に王妃とはたびたびお茶の時間を共にしていたこともあり、二人の信頼は得ているはずだ。 「どうか王太子殿下へのお怒りをお抑えください。実は以前から、話したいことがあると殿下からは頻繁に言われていたんです。今思えばおそらく、婚約破棄に関してのご相談だったんだと思います」 「え……?」  身に覚えのない話だったからだろう。カーティスは戸惑いの声を漏らしたが、気にせずエミールは話を続けた。 「殿下のお話を聞き、快諾しなければならないと思いながらも、今日まで踏み切れずにおりました。だから、殿下は思い詰めてこういった行動をとってしまったんだと思います」  戸惑っているカーティスの様子を見ても、この話はエミールの作り話だということは、皆わかっているはずだ。そもそも話も何も、ここ数ヶ月カーティスがずっと理人に夢中で、エミールのことなど気にも留めていなかったのは周知の事実だ。私用で城を訪れるたびに、カーティスの振る舞いをやんわりと咎めるような声が、どこからともなく耳に届いた。  それでもなお、いやだからこそ、敢えてエミールはカーティスを庇うような言動を続けた。 「だからどうか、私に免じて殿下とリヒトさんのことをお認めいただけないでしょうか」  誰もがエミールの言葉に聞き入っていた。これだけの扱いを受けてもなお、カーティスを庇うその優しさに皆が胸を打たれているのだろう。国王夫妻も先ほどよりは随分表情が穏やかになっている。  よし、あともう一押し。  そう思って口を開こうとすれば、エミールより先に口を開く者がいた。 「何を言ってるんだ、エミール? ここのところ兄上はその者にかかりきりで、お前に話はおろか、手紙すら書いていなかっただろう?」  いや、その通りなんだけど! そんなことはみんなわかってるんだけど敢えて口に出してないのに、なんで今言った!?  なんて言葉にするわけにもいかないため、エミールは困ったような笑いを浮かべたまま首を横に振った。 「いいんです、アデルバート殿下……王太子殿下が幸せなら、私はそれで」  さすがにちょっとくさすぎたか? と思いながらおそるおそる周囲の様子を見る。幸いなことに、多くの者は静かに感嘆の息を漏らしていた。 「わかった……婚約の解消に関しては、エミールに免じて許そう。だがリヒトに関しては、私が持ち帰らせてもらう。エミール、我が息子の非礼、許してくれ」  王もまた、エミールの一連の振る舞いに深く心を動かされたのだろう。柔和な表情でそう言った。 「とんでもございません陛下、短い間でしたが、殿下の婚約者として過ごせたことを光栄に思います」  最後まで笑顔を崩さず、エミールは言った。その場にいるほとんどの者は、エミールの立ち振る舞いに胸を打たれていた。  アデルバートと、エミールの父である財務大臣・ヴァイスを除いて。 「エミール!」  パーティー会場である白鳥の間を出たところで、自身の名を呼ぶ声が聞こえ、エミールはぴたりと足を止める。 「アデルバート殿下」  王が事態を収拾してくれたこともあり、会場の者たちの視線が自分たちから逸れたのを見計らって、エミールは退室していた。  皆に気づかれぬようさり気なく会場を後にしていたし、気づいた人物がいるとは思いもしなかった。 「先ほどは、ありがとうございました」  正義感が強いことは知っているが、冷静で寡黙、王太子の婚約問題に関わるとはいえ、今回のような色恋沙汰に口を出してくるようなタイプだとは思わなかった。  あ、でもアデルバートは理人のことを気に入ってたんだっけ……。  設定を思い出そうとしたところで、先にアデルバートが口を開いた。 「いや……兄の恥ずべき振る舞いを、申し訳なく思う。兄上は見る目がなさすぎる。お前の方が、はるかに次期国王の伴侶として相応しかったというのに……」  苦々しい表情で、アデルバートが言った。  なるほど、一連の行動は第二王子としての責任感からくるものだったのか。すごい真面目なんだな、この人。 「お優しいんですね、アデルバート殿下」 「別に俺は……」 「確かに私は、次期国王の伴侶としての教育を、これまで受けてきました。ですがおそらく、王太子殿下は王の伴侶としてリヒトさんを選んだわけではなく、自分の心に正直になられたのだと思います」 「そんなの……! 王太子の立場として許されるわけが……なぜ笑う」  エミールが小さく笑ったことに気づいたのだろう、ふて腐れたようにアデルバートが言った。 「いえ、アデルバート殿下のような弟君がいて、カーティス殿下はお幸せだろうなと思ったんです。これからも、どうか殿下をお支えください」  複雑な表情をしながらも、アデルバートが頷いた。どうやらこちらの言わんとしていることは伝わったようだ。  少し空気が読めないところもあるようだが、やはり頭の回転が速い。さすがは、優秀だと称される第二王子。 「屋敷まで送っていこう」 「ありがとうございます。ですが、もう迎えの馬車は呼んでいるので大丈夫です」  あらかじめ、今日は早い時間に屋敷に帰ることは伝えてあった。そもそも、王室の紋章がついた豪奢な馬車にアデルバートと乗った日には、どんな噂が立つか想像に難くない。  現状、自分たちの印象は良いはずだが、王太子との婚約が解消された途端、次は第二王子と、などと口さがない者が囁く可能性だってある。  そうした事態はなるべくなら、いや絶対に避けたかった。 「そうか……なら、気をつけて帰れ」 「はい、勿論です。色々と、ありがとうございました」  深く礼をし、今度こそ城を出ようと足を進める。けれどそうしたところで、再度呼び止められた。 「エミール」  振り返ると、難しい顔をしてアデルバートが立っている。まだ何か伝えたいことでもあるのだろうか。 「よかったら、また城に遊びに来てくれ」 「え?」 「お前と話すのは、楽しかった」  アデルバートに言われ、これまでのアデルバートとの会話を思い出す。  確かに王室行事のたびにアデルバートとは会話をする機会があったが、どちらかというと喋っていたのはエミールで、アデルバートは相づちを打つか、ごく希に反応するくらいだった。

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