3 / 3
第3話
「珍しい……って、私だって恋人探しぐらいしますよ。出会いのない男ですからね」
低く滑らかな声で笑うのは、長身の男。
職場から直接来たのだろう、その引き締まった体躯には副隊長にのみ許される紺のコートが掛けられていた。
イリス・ベイカー。
この国に唯一ある王立騎士団、ハーヴェイ騎士団の第一師団副隊長という地位に弱冠25歳で上り詰めた狼獣人だ。
まあ、言葉を選ばなければエリート中のエリート。しかも、彼は人当たりが良く紳士的で、顔も整っている。
騎士団で薬の調合方法について師事をする際には、彼の手際の良さと頭の回転の速さには何度も助けられてきた。
地位もあり、金もあり、顔も良くて性格も良い。そんな若い男がいたら、女性たちはどうなるかなんて火を見るより明らかだ。
極上の獲物が現れたことにより、女性陣たちは先程までの柔らかな雰囲気を打ち消し狩りモードへと変わってしまっている。
ギルが引いているとイリスはギルの左隣へ着席した。甘く色気のある香水がふわりと香る。
「あれ、医務棟のギルさんがいる。珍しいですね、あの生真面目な人が合コンに来るなんて」
「……僕だって『出会いのない男』なんでね。恋人探しくらいするさ」
甘めのマスクが微笑みを浮かべる。女性に向ければどんな人でも落ちるだろう柔らかな笑みをギルに向けた彼は、一緒に飲めるの嬉しいです、とだけ言うと今にも飛びかかってきそうな女性陣に声をかけ始める。
そこからはもう、イリスの独壇場だった。
◆
「……はあ。ベイカー副隊長に全部奪われましたね」
「……なんであんな、恋人に苦労したこと無さそうなヤツがここに来るんだ」
イリスにしか興味がない、と言わなくてもわかる女性たちを横目に残り物二人は文句を言いながら酒を飲んでいた。
「そつなく女性たちを捌いてるし……あっ、今上手くかわした」
「……彼は本気で恋人作りに来ているのか?あの顔なら引く手あまただろう」
不可解だ、とギルは眉間に皺を寄せてビールを飲み干す。アルコールが喉を焼いて体へ染み込んでいく。
「それがっすよ、ベイカー副隊長って本命が居るっぽいんです」
「はあ?ならなぜ、こんな所へ来ているんだ」
「いやあ……わからないですよ。でも、女の子たちを振るときの決まり文句は『私には心に決めた人がいるんです』……っすからね」
なんだそのキザなセリフは。色男にしか許されないシチュエーションとセリフにギルは舌打ちをする。
「……その心に決めた人を落とせばいいだろう。合コンなんかに来るんじゃなく。彼なら誰でも落とせるだろうさ」
「──ギルさんはそう思ってくれるんですか?」
やさぐれた男二人の会話に、唐突に割り込んできたのは誰かなんて見なくてもわかる。
「……ベイカーさん」
ギルが彼の名を呼ぶと、綺麗な狼はどこか嬉しそうに微笑んだ。
「彼女たちはお化粧直しに。……それで、『私が誰でも落とせる』って何の話ですか?」
「ベイカー副隊長、告白の断り文句が決まってるでしょう?その『心に決めた人』のとこ行かなくていいのかな〜って」
「ああ……なるほど」
ギルの隣へ自然な動きで座ると、彼は大皿から料理をよそい、ビールと共に食べ始める。
「あいにく、眼中に無いっぽいんですよ。こちらを見てもらえているかさえ分からない。……まあ、私も本命相手にだけは失敗したくありませんから。その人とはじわじわと距離を詰めていこうかな、と」
綺麗な所作だ。こんな居酒屋で飲み食いしてるくせに、気品があるのが嫌味みたいだ。色男はなにしても様になる。
ため息を吐いて、ギルはアルコールで上手く回らない頭のまま、彼に絡み出す。
「本命がいるのなら誠実であるべきじゃないのか」
「おや、私のことが気になりますか」
「そういう話をしてるんじゃないだろう」
狼耳をぷるる、と震わせてイリスは嬉しそうに笑っている。よく笑う男だ。こういうところがモテる要因だろう。
ともだちにシェアしよう!

