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第4話
ギルに料理をサーブすると、彼は戻ってきた女性陣にもう一人の騎士団員の紹介をはじめた。それをぼーっと見ていると、気づけば今度は女性の輪の中にギルの隣で不貞腐れていた男が入っていたのだ。
イリスは涼しい顔をしてギルの隣で酒を飲んでいる。なんなんだ、この状況は。
「どうしましたか?眉間にしわが寄っていますよ」
「触るな。……僕は合コンでも売れ残るのか、って思っただけだ」
背もたれに寄りかかり、ギルは吐息をもらす。アルコールがかなり回ってきていたようで、身体が熱い。首元をくつろげたくて指を襟にかけた。
「……、売れ残る、とは?」
イリスの視線が首を舐めたような気がした。気のせいだろう。こんな貧相な男オメガの首なんて、イリスが見るはずもない。
「僕がオメガだってことは知っているな?」
「ええ、もちろん。騎士団内のアルファとオメガは一通り」
「そうか。……僕には、つがいはおろか、恋人がいたことも無いんだ」
「……今までに一度も?」
「ああ。キスもした事ないし、ハグすら一度もしたことがない」
首をくつろげさせれば夏の空調による冷気が肌を撫でる。心地よくてくすりと笑った。そのまま、とろりと蕩けた雰囲気でギルはイリスを見遣る。
「僕は希少価値の高いオメガのくせ、ずっと売れ残ってきた」
「理想が高すぎるのでは?」
「結構ズバズバ言うな、君……。理想なんて高くしたことも無いよ。可愛げがあって、僕の隣で笑ってくれて、出来れば一途な人がいいだけだ」
「……」
呆れたのだろうか。イリスは目を細めてギルのことを見ている。焦げ付くような視線に、なんでそんな目をしてるんだろうと不思議だった。
ギルの手に水を押し付け、イリスは距離を詰めてくる。甘く蠱惑的な香りが鼻腔をくすぐる。
ギルと肩が触れ合いそうな距離で、彼はギルのことを下から伺うように見つめると、悪戯っぽく笑った。
「ちなみに、ギルさんのお眼鏡にかなう相手はいましたか?」
「仲良くなる前に君が全部かっさらっていった」
「あはは。それはすみません。私のスペックはどうにも女性の興味を引くようで」
「嫌味か」
彼の手が、グラグラ揺れるギルの頭を撫でる。大きく指の長いそれは男らしくゴツゴツとしている。
そのまま「肩、良ければお貸ししますよ」と囁かれて抱き寄せられた。温かい。いい匂いがする。
「……今日は、誰がお目当てだったんですか?」
低くなだらかな声は心地よく響く。
「……君以外の全員」
「それは手厳しい。私ではダメですか?どこら辺がお眼鏡にかないませんでした?」
悲しげな声をわざとらしくあげるものだから、つい笑ってしまう。エリート騎士様はどうやら噂通り、人好きのする良い奴のようだ。
「まずアルファって時点で無理かな……僕より顔が良くて紳士的でモテる要素しかないのもムカつく。嫉妬しそうになる」
「そうですか。たくさん褒めてくださりありがとうございます」
「嫌なヤツ」
イリスの手が、テーブルの上に投げ出されたギルの手に触れた。
「……それで?私の顔だけを見ても、不合格ですか?」
こちらを覗き込んでいる金色の瞳を見つめ、言葉を返す。
「……他人の価値基準を顔にしたことはない」
「ふふ、やはり生真面目ですね」
なんだか嬉しそうに声を弾ませた狼は、ギルの手をきゅう、と握り込む。いくら細身とはいえギルだって男だというのに、その手は簡単にギルの手を覆い尽くした。
イリスの顔をじ、と見る。彼はアルコールのせいか、頬を染めて機嫌が良さそうだった。料理をギルへ手渡しながら、狼の口が楽しそうに開かれる。
「そういえば、この店での合コンって必ず全員カップル成立するらしいですよ」
「……眉唾物だな」
怪訝な顔を隠そうともせず、ギルはイリスの顔元から視線を外した。
「ええ。そうですね。それだけ聞けば嘘っぽく感じます。……ですが、「会の終わりに必ず共に帰る誰かを指名しなければいけない」としたら?」
「……は?」
聞こえてきた言葉に目をむいた。そんなの聞いたこともない。というか、それが事実なら、ギルは誰と帰ればいい。
女性陣とはろくに会話ができていない。先程まで売れ残り同士だった騎士団員の彼も、今は女性とどこか良い雰囲気になっているように見えた。
──声をかけられる相手、いるのか?
絶望のような気持ちで、ギルは眉を下げてイリスを見る。彼は微笑みを浮かべ、ギルの手の甲を指先でなぞった。
その触れ方に、どうしてだか体の芯が震え上がる。
「ギルさんは大丈夫ですか?一緒に帰ろうと誘える相手はいますか?もし、最後になっても共に帰る相手が見つからなければ……──この場は割り勘ではなく余り者の奢りになるらしいですよ」
「……。……奢り……って、はあ?!」
つい大声をあげてしまったが、喧騒にかき消されイリスにしか聞こえていないようだった。
彼を見つめる。どうしたらいいか分からず、困惑した表情を浮かべたギルを、イリスは妖しげな顔で見つめ返した。
「ふふ、どうするんですか?医務官ってそんなに給料は高くありませんでしたよね?ここ、居酒屋にしては高いお店ですし……それに加えてこの大人数。それぞれ好き勝手に飲み食いしてますし。ギルさんに払えますか?」
「……何が言いたい」
飄々とした笑みを崩さない彼を睨みつける。馬鹿にされてるのは流石に酔っていてもわかっていた。
ギルの鋭い視線も意に介さず、彼はギルの手を持ち上げる。視線を絡ませ、イリスは自身の口もとにギルの手を寄せて囁いた。
「……私と共に帰りませんか?ギルさん。私ならば騎士団員ですからあなたと顔見知りですし、何より帰る方向は同じでしょう?もう一人の騎士団員は、大方あの子を「お持ち帰り」しますよ」
薄い唇が弧を描く。ギルの手の甲に、彼の唇が押し当てられた。咄嗟に体を固くして、ギルは身じろぐ。
イリスの硬質な金の瞳が真っ直ぐにギルを射抜いて、背筋に冷や汗が伝う。まるで、捕食される前の小動物のような気分だった。
「……何を企んでる?金はないぞ。体も売らないからな」
「いえ、ですから。私もこのままだと、私の「お持ち帰り」争奪戦になりそうで面倒だな、嫌だなあって思っただけですよ」
手を奪い返そうとしても、彼はガッチリとギルの手を掴んでいた。痛くなく、けれど逃げられない力加減。
アルコールはだんだんと冷めてきていた。
嫌味な色男は、狼の顔でギルに提案を持ちかける。
「ねえ、ギルさん。共に帰りませんか」
「君になんの得がある」
「得……ですか。そうですね」
イリスはちょっと考え込んだ。その隙に手を引こうとするが、逃げ出す前に狼の目が細められ、イリスをいたぶるように薄く笑う。
至近距離で、低い声が囁いた。
「あなたの事を「お持ち帰り」する権利が得られる。……それが、私にとっての得ですかね」
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