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2章 第1話
ギルが狼騎士にテイクアウトでいただかれそうになった夜から一日。休み明けのことだ。
今日も相変わらず医務官の仕事は溜まっていた。デスクに着くなり補佐官が多量の仕事の山を容赦なく置いて微笑んだ。
「……確か今日は騎士たちへの講習もあったよな?」
「はい。第一師団へ煙幕弾系の薬物への対処法について、ですね」
「……午後からの講習だよな?」
「はい。昼休憩明けからです」
「……なのに、僕はひとりでこの仕事の山を捌くのか?」
「はい。お願いしますね、ギル・ハーランド医務官」
ずっと同じトーンで言い切った補佐官に、頭痛がしてきてこめかみを揉む。朝から頭痛の種を蒔くのはやめろと言っているのに止まらないのだ。
「またジェフ主任がサボってるのか……」
「用事があるから、と。つい先程ハーランド医務官に仕事の引き継ぎ書類を作って出て行かれましたよ」
「……どうせあの人のことだ、カフェの給仕にナンパでもしに行ったんだろう」
「その通りですね。カフェスペースへと続く方角へスキップしながら向かわれました」
あの熊男は独身なのをいいことに、好き勝手にし放題だ。しわ寄せが部下のギルに直接降り掛かるのに、だいたいを「助かるよ」なんて労いひとつで強引に対価にしてしまう。ギルは一度も自分から尻拭いを名乗り出たことなどないというのに。
「はぁ。あの人は本当に……、騎士たちから備品の管理報告書も今日が締切だろう。やるしかないな……」
「ハーランド医務官のおかげで、この医務棟は回っていますね」
「お前も手伝うんだよ、僕だけに押し付けようとするんじゃない」
どいつもこいつもサボり癖がある。後衛職というのは曲者しかいない。やりたいことしかやろうとしないのだ。
◆◆
「──失礼致します。第一師団副隊長、イリス・ベイカーです」
緊急性のある書類を捌き終えた頃、太陽が昼の気配を覗かせはじめた10時過ぎのことだ。医務棟執務室に、ノックの音と低い騎士の声が凛と響いた。
「ああ、備品の管理報告書の提出ですね。どうぞ、ベイカー副隊長」
補佐官の声が聞こえ、とっさにギルはペンを取り落とした。そんな無様な姿に補佐官の冷たい視線が突き刺さる。
「っ……!な、おい!僕に確認は取らないのか!?」
「ハーランド医務官は手を動かしてください」
無情にも扉は開かれる。その向こうからイリスが現れ、敬礼をした。
「は、備品の管理報告書の提出に参りました。ご確認のほど、よろしくお願い致します」
チラリとイリスが視線をギルに投げる。思わず顔を俯かせ、気まずい心地で黙り込んだ。
そんなギルを置いて補佐官とイリスは報告を進めている。
ここでわざわざ言葉をかけるのもわざとらしい気がして、けれどこのまま黙り込んでいるのも何となく空気がおかしい気がして居心地の悪い。
くそ、と内心で悪態をつく。この男が変なことをしなければ、言わなければこんな気まずさを覚えずに仕事ができていたのに。クソッタレ。
「──はい、報告書には特に不備も見当たりません。いつも丁寧な仕事をありがとうございます、ベイカー副隊長」
「いえ。これも仕事のうちですから。あたりまえのことです」
「そのあたりまえができていない騎士が多すぎるんですよ……ねえ、ハーランド医務官」
補佐官から急に水を向けられ、ギルは思わず肩を跳ねさせる。またペンを落としてしまい、補佐官の冷たい視線がザクザクと突き刺さるのを感じた。
「い、いきなり仕事中に話しかけるな!」
「あまりにも静かだったもので。寝てしまっているのかと」
「そんなわけないだろう!?」
「っふふ……お二人は仲がよろしいんですね」
ギルと補佐官のじゃれ合いのような口論にイリスが笑う。「仲なんて良くない!」二人は口をそろえて否定をして。
その声が被ったものだからイリスはずっと耐えきれないと言わんばかりに笑っていたのだった。
人の気も知らないで、とギルが苦々しく彼を睨みつける。
涼しい顔をしてイリスはギルの方を見ていた。全く普段通りのその表情に、自分ばかりが意識しているようで。ああ、いやになる。
「それでは、私はこれで」
「はい、ありがとうございました。ベイカー副隊長」
報告書のチェックも終わり、この執務室内に用事のなくなったイリスがようやく退出の支度をはじめる。ほっとしたのも束の間、彼の涼やかな声がギルを呼んだ。
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