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3章 第1話
「……あのッ、バカ、狼……」
目を覚ますと、まず感じたのは軋む肉体の悲鳴だった。
舞踏会での一幕を終え、何とかラットの波が落ち着いたイリスを宿舎に送り届けてから一夜明けた。
とんでもない夜だったと我ながら思う。童貞処女だったはずなのにとんでもないことをしでかした気がするが思いだしたらきっと墓穴を掘るだろう。
ため息を吐いて腰にいくダメージをなるべく減らすように立ち上がる。
自分の使っている安物のマットレスは城のモノとは比べ物にならない。想定より痛みを減らしてはくれなかったようだ。
起き抜けだというのにもう体が重たくてだるい。
キッチンに向かい、そういえばと思いだすのはセックスの最後の方のこと。
ギルはもうクタクタになって、ろくな言葉も言えてなかったというのにイリスは夢中になってギルを「私のものだ」とかなんとか言っていた。
あまり鮮明に思い出すと腰の当たりがムズつくので割愛するが、マウンティングをしながら「責任は取ります」と囁いていた絶倫狼騎士。
責任……、というとあれか。付き合うとか云々か。いや、そもそもギルは処女を奪われたくらいで恋人にしてくれなかったら騒ぐような人間ではないのだけど。どこかの女子と勘違いでもしてるんじゃないか。
「……僕に好きだと言わなかったくせに」
はあ、ともう一度溜息を吐いてコーヒーを注いだマグカップを持ち上げる。イリスとは今日もどうせ顔を合わせるだろう。事情聴取だとか何とかで。
「気が重……ッ熱!!」
他所事を考えていたせいで、淹れたてのコーヒーをろくに冷まさず飲んでしまった。不運は独りではやってこない。その通りだ。
◆
職場へ向かう途中、足が重たい感覚がどうにも性交渉だけの要因ではないような気がして首を捻る。
ギルはこれでも医務官をしている身だ。
医療に従事る者が病気で倒れるなんてことはしないようにと普段から気を遣っているせいで、滅多にない体調不良の原因が何にあるのかわからなかったようだ。
誰かと身体を重ねるなんていうイレギュラーがあったせいだ、と言い訳をしながら医務官の事務所にたどり着いた。
「おはようございます。ハーランドです」
「おぉ、ギル。お前午前一発目から事情聴取だ。騎士団行ってこい」
「ジェフ主任……、わかっていましたがどうして大声でそれを言うんですか」
声の無駄に通る男にバラされたせいで医務官のほとんどが興味津々にギルを見ている。
『あの生真面目ハーランドがなにかやらかしたぞ』と、言わなくてもわかってしまうような顔に注目されるのは頭が痛む。ただでさえ熱っぽいのに、頭痛も増えてしまった。
「お前もとうとう騎士団に怒られるようになったか……悪い男に成長したな」
「主任。僕で遊ばないでいただきたい」
がはは、と豪勢に笑ってジェフは立ち上がる。ぱん、と一度手を打つと医務官たちの空気が締まった。全員が彼に意識を向けたことを確認すると、熊男は真剣そうな顔をした。
「朝礼を始める。いつもはろくにしない朝礼をする意味はわかるな?」
やっかいごとがあるときにだけ、この男は朝礼をするのだ。
「最近、オメガの異常発情が増えている。城下町からの報告ばかりだったが、ついに貴族のあいだでも症例が生まれてしまった。
いいな? お前ら、貴族ってのは醜聞を嫌がる。そのせいではやくこれを解決しろと我々にも命が下った。
このクソだるい仕事はしばらく優先的に調査をすることになるだろう。
んで、肝心の症状だが……ええと、『つがいのいるオメガにのみ見られる傾向』だ。それしか共通点が無い。丸投げされた。クソッタレが……、えー、それに伴いアルファの凶暴性が増している。
特につがい持ちどもは目も当てられないほどギラギラしてやがるので、身を護る術を持たない貧弱は気を付けるように。いいな!」
長ったらしく話したわりには内容が薄いな。
呆れ顔の医務官たちを見たらしい。「仕方ねえだろ朝礼なんてやり方わかんないんだから!」ジェフの情けのない言い訳が響いた。
「つまり面倒な仕事が第一優先になった、ということですね」
さらっとまとめたのはギルの補佐官だった。こいつ面の皮が厚いおかげで有能なんだよな……なんて思いながら、ギルは彼を見る。当の本人は仕事への怨嗟をブツブツ呟いてる。怖いな。
「さあ仕事だ! お前ら! 俺の方見てないでキリキリ働け!」
ジェフの声に意識を引き戻される。補佐官も承認書類を取りに席を立っていた。
……異常発情なんて、つがいのいないギルには関係のないことだ。
が、自分を守る術のない貧弱なのでつがい持ちに会う時は気を付けたほうがいいだろう。ただでさえ、どこか熱っぽくて意識も浮ついているのに。
「はぁ……」
仕事開始の鐘がなる。薄れない倦怠感に、帰りは風邪の予防になる食材でも買っていこうか。そんなことを考えながら、いつものように積まれていく仕事の量にこめかみを揉んだのだった。
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