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3章 第4話
にこやかに微笑んでいたイリスは、ギルの執務室へ入るとすぐにその微笑を消した。執務机のうえでへばっているギルの元へ大股に近寄ると、彼はギルの腕を掴む。
「……イリス?」
「ベイカー副隊長、どうかされましたか?」
どこかピリついた雰囲気を滲ませる彼に、さしもの補佐官も困惑を見せた。微熱のせいでふわふわとしているギルがへらりと笑いかければ、イリスの表情はさらに険しく変わる。
「ギルさん」
無骨な手のひらは、硬さに反してひどく柔らかくギルの首元を撫でる。側面に触れられ、ぞくりと身体の奥から熱が沸き上がりそうになった。慌ててギルが体を起こせば、手のひらは従順に離れていく。
「い、りす」
「体調が悪そうですよ。家まで送って差し上げますので、どうか休息を取ってください。ね?」
完璧なまでの微笑みに、優しい声色。イリスとここまで仲良くなっていなければ、きっと彼が苛立っていることには気づけない。
「というわけで、補佐官殿。私は彼を連れていきます。いいでしょうか?」
「もちろんです。早退の手続きをしておきますので、その仕事中毒を連れ帰ってやってください」
「ふふ、ありがとうございます。助かります」
ギルの体を支えると、イリスは有無を言わせず歩き出す。ヨタヨタとギルが歩くせいで、スピードは遅い。隣から小さな舌打ちが聞こえた。
「ギルさん。横抱きか背負われるか、選んでください」
「っ、ある、ける……」
「歩けていないでしょう。グダグダ言わないで」
いやいやと、首を振るギルに彼は苦しそうな顔をしてしゃがみ込んだ。背を向ける彼に、背負われろと言われた気がして歯噛みする。
そんな醜態晒したくない。動かないギルに、イリスはもう一度舌打ちをした。
「いい加減にしなさい。私だって余裕がない」
イリスらしからぬ、初めて聞く声に動揺した。かすかに怯えたことにきづいたらしい。イリスは床を尻尾で軽く叩くと戸惑うように「すみません」と謝った。
「どうやら、私もおかしくなっていたようです。ギルさん、家まで歩けますか。歩けないようであれば、騎士団の方で馬車を出します」
「……悪い。歩けなさそう、だ」
「わかりました。……せめて、家の前まで送らせてください」
「あ、ああ」
それきり黙り込んでしまった黒狼に、ギルはちらりと視線をやる。らしからぬ言動ばかりだ。どうしたっていうんだ。まるでつがいに対する扱いだぞ。
──まさか君は、もうつがいだと認識しているのか?
ふと、少し前に見た友人からの手紙を思い出す。『つがいは自分だけを見てくれるけど、独占欲が強いんだ』とあった。
鼻で笑い飛ばした言葉がまさか、この男にも当てはまるのかと愕然とした。
足を止めたギルを心配そうに、けれど、どこか探るように見るアルファ。
ギルは彼に、底知れぬ衝動を感じた。
怯えとも、歓喜とも取れるそれは、ギルの背筋をぶるりと震わせた。
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