4 / 5

第4話

9月1日 7:19 パパが行ってきます、と出て行ってからすぐ、僕らも玄関で、行ってきます、とママに向かって振り向く。ママは笑って一言、気をつけてね、と言って手を振った。 今日から新学期。憂鬱な始業式だけど、久しぶりに会う面々が楽しみでもある。もう、にいちゃんと手を繋ぐことはないけども、連れ立って僕達の行く学校へと歩く。学校への道は15分くらい。途中、基地とこちら側を隔てるフェンスが続く長い道があって、そこをひたすら10分ほど歩く。フェンスの向こう側は草がボーボーに生えていてよく見えないが、頭上でとぶ飛行機がすごく近く見えるから多分滑走路があるんだと思う。この道を歩く間、僕とにいちゃんはいろいろなことを話す。 「ついに二学期だな」 にいちゃんは黒い習字バッグを右手にブラブラさせながらつぶやいた。茶色の前髪が透けて朝日でキラキラしていて、綺麗だった。足元のアスファルトの上には死んだ蝉がひっくり返っていた。 「うん‥‥‥」 「あっという間だな、夏休みは」 「うん‥‥」 「おい、宗どうした?腹痛ぇのか?」 「痛くない。にいちゃんはA中に行くの?」 「一応な。受かれば。ま、受かるけど」 「A中って俺でも受かる?」 「‥‥‥宗の成績だとちょっとキビしいかな‥‥。偏差値68だからな‥‥」 「偏差値って何?テストの点数?」 「イヤ、全く違う‥‥。でも高ければ高いほど良いと思っときゃ良い‥‥」 「ヘンサチの68点って高いの?」 「決して低くはない‥‥ってか高い。でもまだ宗は四年生なんだし、今から模試受けたら十分取れるだろ」 「本当に??俺も今から頑張れば、にいちゃんと同じ中学行ける?」 「あぁ、多分な。でも言っとくけど中学は3年間しかないんだから、1年しか一緒にはいられねーぞ」 「知ってる。でも俺にいちゃんと一緒がいい」 「あっそ」 秋風が僕らの隙間を通り抜けて、サラサラとフェンスの向こう側のまだ緑のススキがなびいていた。秋がもう直ぐなんだな、そんな事を考えているうちに、門の前に着いた。門の前には禿頭の教頭先生と、挨拶クラブの何人かが並んでおはよーございまーす!!と大声を出していた。新学期早々、ごくろうさまだ。 「「おはよーございまーす!」」 僕らも負けじと大きな声で言う。すると、挨拶クラブのなかの背の高いポニーテールの女の子がにいちゃんの方に向かってやってきた。 「一橋くん、おはよう!ちょっと今いい??」 「?いいけど。宗、じゃまたな」 「えっ?あ‥‥‥」 にいちゃんはその子の後について校門の端っこにあるカメさん池のある方に行ってしまった。2人で楽しそうに何か話しているのが見えたけど、何を話しているかまではわからない。何を話してるんだろう。すごく気になる!!でも、こんなとこまで、にいちゃんについて行ったら、それこそ笑われる。よりによって挨拶クラブには僕の苦手な高畑って噂好きな女子がいて、こっちを見てる。にいちゃんについていったらクラスで言い触らされるかもしれない。 僕は仕方なく教室に向かった。とりあえず、今日は初日で集団下校だから、その時にいちゃんに聞けばいい事だし。僕はノロノロと下駄箱に靴を入れると、ランドセルにくっつけていた巾着袋をひっくり返して落っこちた上履きを履き、教室へ向かった。 「おはよー」 「おはよー!!いっちゃん、久しぶり!!」 「ケンちゃん、灼けたなぁ!」 「いっちゃんこそ!真っ黒じゃんか」 あははは、と2人で笑う。ケンちゃんは三年生のクラス替えの時からの仲良しで僕の親友だ。やってるスポーツは野球だから違うけど、恐竜好きでカードゲームにハマってるとこがおんなじで、同じ班でもある。坊主頭で、背も足の速さも僕とおんなじくらい。 「ケンちゃん、夏休みどっか行った??」 「俺、USJ行った!後でお土産渡すし!」 「あっ!俺も長野行った時のお土産あったのに忘れちゃった‥‥」 「いっちゃんらしいなぁ。明日、忘れんなよ!」 バチーン!と音がするような見事なウインクを決めたケンちゃんはクラス1の格好つけマンだが、きちんと班のみんなにもお土産を買っていた。こういうとこが、口うるさい女子連中からもなかなかの高評価らしい。夏休み明けの教室は、いつもよりガヤガヤとして騒がしかった。 「おはよう。朝の会始めるぞー」 ガラガラっと扉のあく音がして、担任の先生の声がした。ゲーとか、オエッとか言いながら、僕らはバラバラと席に着く。今日からまたいつもの毎日に戻るだけだから、なんてことはない。窓際の、前から3番目の僕の席からは校門横のカメさん池がよく見えた。にいちゃんとポニーテールの子はすでに居なくなっていて、教頭先生と挨拶クラブだけになっていた。 にいちゃん、今、何してるんだろう。学校に行くのは嫌じゃないけど、夏休みが終わってしまってにいちゃんとの時間が減るのは寂しかった。 ****** 「えっ?朝??」 集団下校中、にいちゃんは僕の言ったことが分からなかったみたいで手提げ袋をブラブラさせながら眉間にシワを寄せた。遠くから少しスズムシの声が聞こえてる。 「うん、にいちゃん女の子と行っちゃったじゃん」 基地のフェンスを左手に触りながら、僕はにいちゃんに話しかける。僕らの3メートル後ろでは低学年の女の子が2人、楽しそうに女子だけの世界って感じで話している。僕もにいちゃんの横にススッとすり寄ると、今朝のことを聞いてみたのだ。 「あぁ、それがどうした?」 「あの子誰?」 「去年、栽培クラブで一緒だった子。夏休みにグアム行ったからって、お土産くれたんだ」 「同じクラス?」 「隣だけど…ってか、どーでもよくね?」 「まぁ、そうだけど」 ちょっとムクレた僕のを見て、にいちゃんはやれやれ、って表情を見せると優しく微笑んだ。 「あ、これ食べよーぜ」 にいちゃんは手提げから英語?の入った黄色と赤の小さな袋を取り出して、開け出した。中には小さなチョコレートが五粒ほど入っていた。にいちゃんはそのうちの一粒つまむと、ポイッと口に入れた。 「うわ、甘い‥‥。宗、残り全部食べろ」 「良いの?あの子にもらったお土産じゃないの?」 「良いって。母さんに見つかったらお返しちゃんとしろとかどんな子だとか絶対ウルサイだろ。ここで食べよう。」 「うん」 あの女の子のこと、もっと聞きたかったんだけど‥‥と思いつつ、僕はチョコレートを食べた。わざわざ、前に同じ課外クラブに入ってただけの関係でわざわざお土産を買うなんて、その子は、絶対ににいちゃんが好きだと思う。わざわざ外で渡したのは、クラスで噂にならない様にしたんだ。その意図はにいちゃんも絶対に気づいてると思うけど、わざと気づいてないふりしているのかな?よくわかんない。 もらったチョコレートは胸焼けしそうに甘くて、何故か僕は、女になってしまったにいちゃんを思い出してた。あと3週間くらいかな?どうなんだろ。にいちゃんから、家以外でこの事は絶対に話すなと言われてる。だから、例えにいちゃんしかいなくても、外で聞くのもダメだ。家に帰ったら、またカレンダーを見なくちゃな。あと、ママに僕もA中受けたいって言わないと。多分塾に行かされるだろうけど、にいちゃんを守るためにはA中に行かないとダメだ。僕は決心して、にいちゃんの顔を見た。にいちゃんはぼーっと基地の向こう側を見つめると、カラになったお菓子の袋を小さく丸めて投げた。 甘いチョコレートを食べながら、僕らはゆっくりといつもの道を歩き、ママの待つ家へと帰った。今日のご飯は何だろうか?なんて考えながら。

ともだちにシェアしよう!