5 / 9

第5話 翳りの笑み

「方法があるのか!?」 「ええ、これを」  男はそう言うと、身につけていた首飾りを外して凛士に差し出した。 「これを持って、紋章の上に立てば戻れます」 「それだけ? 紋章って……召喚された時に見たあれか?」 「ええ、簡単でしょう?」  簡単。いや、簡単すぎる。  本当に、それだけで戻れるのか。 「な、なんか制約とかあるのか? 代償に何か取られるとか……」 「いいえ何も」  男は首を横に振ったが、凛士はまだ信じられなかった。 「てか、それ大事なモンだろ。俺が貰っていいのかよ」 「確かにこれは、あの方からの大切な贈り物。けれど、僕には必要のない物ですから」  男の言葉には妙な含みがあった。凛士は一瞬戸惑ったが、強引に押し付けられ、受け取った。 「あ、あのさ――」 「ああほら、そろそろ誰か来ますよ。早く行きなさい」  凛士は咄嗟に振り向いた。人影は見えないが、男の言うように、いつ彼らが現れるかわからない。 「紋章へは、それが導いてくれますよ」 「けどやっぱり俺――」 「ああ! 追手の気配がする! 僕が時間を稼ぎますから、急いで!」  男が大仰な態度で小さく叫ぶ。  弾かれるように、凛士はその場を離れた。  凛士の背中を見送ったあと、男は、誰も来ない虚空を見つめながら、うっとりとした口調で囁いた。 「……ああ、これできっと、熱を持て余したあの方が、僕のところに訪れる」  ◇ ◇ ◇  男の屋敷を離れてから、はじめに目を覚ました部屋――紋章の間へ至るまでの道は、驚くほど静かだった。  人影も、呼び止める声もない。  まるで逃走する凛士を見守ってでもいるようだった。  男が言っていたように、首飾りについた柘榴石がうっすらと光の道筋を示し、迷うことなく、誰にも邪魔されることもなく、凛士は目的の部屋に辿り着いた。 「ここにも、誰もいない……」  召喚の時以外は誰も立ち入らないのか、無人の広間は静寂に満ちていて、あの時感じていた圧も、気配も、ここにはない。  広間の中央、自然光に照らされた紋章へと、凛士は慎重に近づいた。 (帰れる……)  凛士は首飾りを握りしめた。  ふと、あの金色の獰猛な眼差しが、脳裏をよぎった。 (――二度と、会えないのか)  凛士は即座に首を振った。  会わない、会うわけがない。  もう二度と、あんな男に――。  凛士は紋章の上に飛び乗った。  直後に光が走り、視界が白く塗り潰されていった。

ともだちにシェアしよう!