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第6話 追いつく影

 バーに姿を見せた凛士を見て、顔見知りの客が怪訝な顔をした。 「早々にホテルにシケ込んだと思ったら、なんだその格好」  凛士は軽く手をあげるだけでそれをかわし、カウンターに座った。長めのチュニック一枚だけの姿。バーに駆け込まなければ不審者として通報されていたかもしれない。  しかも財布もスマホもない。部屋の鍵もないから家に戻ることもできない。どうすりゃいいんだとため息を漏らした時、背後から声がかかった。 「あ、あの、凛士さん」  振り向くと、何度か見た覚えのある顔があった。  以前から凛士に何かとアプローチをしてきた男だ。顔立ちは悪くないが、なんとなく趣味じゃないと断り続けていたのを凛士は思い出す。 「さ、寒そうですね。あの、俺、よければ服買ってきますよ」  男はそう言うと、着ていた上着を凛士の肩に掛け、返事も聞かず店を出ていった。  男のこうしたへりくだった態度が気に入らなかったのだと、凛士はまたひとつ思い出す。そう思っておきながら、掛けられた上着の暖かさにほっとしそうになった自分に気づき、凛士は苛立たしげに頭を掻いた。  すぐに戻ってきた男の手により、普段なら絶対に身につけない安物のジャージとスニーカー姿になった凛士は、普段なら絶対に断る彼の誘いに乗る形で店を出た。  服を買ってもらった礼ではない。一刻も早く、どうにかして以前の雄の感覚を取り戻したかったからだ。  そういう意味では、この男はうってつけかもしれなかった。  男は凛士に従順で、どんなプレイも喜んで受け入れる気配がある。この男を組み伏せて、突っ込んで、喘がせれば、少しはこの苛立ちが誤魔化せるような気がした。 「凛士さんに抱いてもらえるなんて、光栄だ……」  うっとりと呟いた男がバスルームに消えたあと、凛士はベッドに仰向けに寝転がった。 「なにやってんだ俺は……」  相手を待つ間、こんなに気分が乗らないのは初めてだった。むしろ、少し後悔もしている。  シャワーの音が聞こえ、凛士はまた苛立ちを覚えた。水音がまったく違う音に聞こえてしまう。湯気の気配が、違う熱を呼び起こす。そのたびに頭を振るが、思い出してしまった強烈な感覚は薄れてもくれない。  バスルームから男の鼻唄が聞こえてきた。凛士はふと、相手の名前を知らないことに気づき、「ああクソ!」と頭を掻きむしった。  それでも男は喜んで凛士に抱かれるだろう。  まるで、無自覚に喰まれる草のように。  ――なら俺は?    凛士は自分を肉食獣だと思っていた。気まぐれに小動物を愛で、時に牙を立てる側だと信じていた。  しかし脳裏に焼きついてしまった絶対的王者の匂いに、その自信を砕かれる。  早く、早く雄に戻らなければ。  そうしないと、俺は――。 「その顔で、雄に戻るつもりか?」  降ってきたその声に、凛士の体が反射的に硬直する。  視線を向けたくない――そう思いながらも、目は無意識に声の主を探していた。

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