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第9話 夜の契約

 寝台に腰掛けていた凛士は、燭台の灯りが揺れるたびに、びくりと体を震わせた。  寝所に着いたあと、ヴァレトは凛士のマントを脱がすと、一礼して去ってしまった。どこかに潜んでいるのか、本当に誰もいないのか、室内に人の気配は感じない。 (……今夜、本当に)  抱かれるのか。浮かんでしまったその言葉を、凛士は頭を振ることで追い出そうとした。  しかし一度浮かんでしまった熱は凛士の思考を掻き乱し、あの日の記憶を容赦なく呼び起こす。  次に抱かれたら、もう逃げられない。アルヴァルドに支配され、彼の下で、今度こそ自分は変わってしまう。自分という殻を強制的に割られ、中身を引き摺り出され、すべて暴かれ、わけがわからないまま掻き乱されて――。 (いやだ)  凛士は反射的に立ち上がると、その場から逃げようとした。  だが数歩も進まないうちに、背後から強い力で抱きしめられる。  首筋に、アルヴァルドの吐息がかかった。 「どこに行くつもりだ」  捕まった。捕まってしまった。  凛士の足から力が抜けた。腰を掴んでいたアルヴァルドの手に力が籠る。ぐいと引き寄せられ、なすがまま背をアルヴァルドに預けた。 「お……おれ……」  情けなくも声が震えてしまったが、それを取り繕うことも凛士はできなかった。  ガタガタと震える凛士を背後から見つめていたアルヴァルドは、しばらくすると、小さく息を吐いた。 「来い」  肩を抱かれ、寝台に座らされる。  そのまま押し倒されることを覚悟したが、アルヴァルドは凛士が座るのを確認すると、寝台の脇に置かれた椅子へと腰を下ろした。  沈黙が落ちる。  アルヴァルドが足を組み、その音に凛士は思わず肩を震わせた。  しばらくして、アルヴァルドがまたひとつ、息を吐いた。 「ヴァレトのことを「レト」と呼んでいるそうだな」  唐突な話題に、凛士は思わずアルヴァルドの顔を見た。  どこか責めるようにも聞こえた口調に首を傾げる。ヴァレトは快諾していたが、もしかしたら愛称呼びは禁止されているのかもしれない。 「俺のことはアルと呼ぶことを許そう」 「は?」  わけがわからず、凛士は聞き返した。  こいつを、愛称で呼ぶ? 「いやだけど」  思ったまま口に出す。  アルヴァルドは目を見開き、数秒のあいだ凛士を見つめたあと、急に声を出して笑った。  その姿はまるで普通の青年のようで、凛士は戸惑った。  しばらく笑い続けたアルヴァルドは、ひとつ息を吐くと立ち上がった。 「やはりお前はおもしろい」  アルヴァルドは近づくと、凛士の横に腰掛けた。 「まだ俺が怖いか?」 「こ、怖くなんかねーし」  アルヴァルドの手が凛士の頬に触れる。  思わず身を震わせた凛士を見て、アルヴァルドは親指で頬を掠めるように撫でたあと、手を離した。 「お前がその気になったら、ここに来い」  そう言うと、アルヴァルドは立ち上がった。 「え?」  言われた意味がわからず、凛士は咄嗟に顔を上げた。  拒まれたのか、それとも――試されているのか。  視線が合う。アルヴァルドが口端をわずかに歪めたのを見て、凛士は勢いよく立ち上がった。 「二度と来るか!」  アルヴァルドは「そうか」と頷いた。    一歩、距離が詰まる。  視界に金色が差し込んだ、その瞬間――。  気づいた時には、唇が重なっていた。すぐに舌が入り込み、凛士のものを容赦なくねぶる。 「っ……んっ……」  じくじくとした熱が、触れた箇所から全身へと広がっていく。アルヴァルドの膝が凛士の下腹部に触れ、何度か撫で上げる。疼く熱が形になりかけた時、不意に、アルヴァルドが体を離した。 「しばらくはこれで熱を冷ます」  そう告げたアルヴァルドが、楽しげに目を細めた。  言葉の意味に気づいた凛士は、真っ赤な顔でアルヴァルドを突き飛ばした。 「一生ひとりで抜いてろっ!」  そう怒鳴り、部屋を飛び出す。  背後でアルヴァルドの笑い声が、かすかに聞こえた。

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