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第10話 居場所の温度
「リンジ様、今日は少し遠出して、海でも見に行きましょうか」
朝食の皿を下げながらヴァレトが言うのを、凛士はぼんやりと聞いていた。
あれから三日が経った。
アルヴァルドは言葉通り、凛士が寝所へ行くまで手を出すつもりはないのか、あれ以降まったく接触はない。
凛士も二度とあの部屋に行くつもりはなかった。
元の世界に戻るのは、魂に核を宿した状態では難しいとヴァレトに止められた。とはいえじっとしていられる性分でもない。与えられた居室でただ過ごすのは半日も耐えられず、今ではヴァレトに連れられる形で、いろんな場所へと繰り出している。
「それともまた市場に行きましょうか。この前は見るだけでしたが、買い物をするのも楽しいですよ」
凛士はヴァレトの横顔を眺めた。
「なあ、レトもレオニスって人も、俺に何も言わないんだな」
「何か言われたいことでもありますか?」
「別に……」
顔を背けた凛士に、ヴァレトが笑みを向ける。
「陛下が待つと決めたのですから、私たちが言うことは何もありません」
顔を背けたままの凛士に軽く一礼して、ヴァレトは皿を片付けに部屋を辞した。
ヴァレトがいなくなったあと、凛士はテーブルに突っ伏した。
(これからどーしよ……)
凛士は考えないようにしていたが、延々とこうした生活が続けられるとも思っていない。それに魂に核を宿した後どうなるかも聞かされておらず、何をすればいいのかもわからない状態だ。
凛士は、無意識に自分の胸元に触れた。みぞおちにある刻印は、服越しでもわずかな熱を持っているのがわかる。
(なんか、いつもより熱いような……)
凛士は襟口を伸ばし、直接肌を覗き見た。刻印は黒みを帯びた赤色をしていたはずだが、今はうっすらと発光しているように見える。
「これ……ぁ……っ」
不意に、刻印に小さな痛みが走った。最初に紋様が浮かんだ時に似た刺すような痛みだ。
痛みはほんの一瞬で消えた。
だが直後、下腹部に覚えのある疼きが走る。
「な……っ……あっ……」
疼きは凛士の肌を伝い、臍から腹の奥へと響いていく。
見なくても、勃っているのがわかった。
「リンジ様?」
ヴァレトの声がした。息を呑む気配がし、慌てて駆け寄る足音が続いた。
「これは……刻印が飢えている」
「ど……いう……意味……」
「何度か精を注がれないと、核が安定しないのです。飢えた刻印は淫の気を強める。まだ大丈夫と思っていましたが、まさかこんなに早いとは」
「なんだよ……それ……」
(その気になったらって、こういうことかよ……っ)
結局、逃げられないということなのか。
凛士の脳裏に、アルヴァルドの笑顔が浮かんだ。頬を撫でる手の温もり。それに添えられた彼の言葉を、信じてしまった自分が情けなかった。
「リンジ様」
不意に、体をあたたかな熱が包んだ。
凛士を抱きしめたヴァレトが、耳元で囁く。
「大丈夫です。ゆっくり、呼吸をして」
息を吸う。アルヴァルドの匂いがした。
眷属だからか、同じ匂いに下腹部がずくずくと痛む。無意識に腰を揺らしてしまい、そうしてしまったことに気づき腕の中で身を捩った。
「はな……離せ……」
「しばらくすれば落ち着きます。私のことは、抱き枕とでも思えばいい」
背中を撫でられる。その感触に、なぜかアルヴァルドの手つきが重なった。
「落ち着きましたか?」
顔を覗き込んできたヴァレトが、指で汗に濡れる凛士の額を拭った。
「薬酒を持ってきましょう。それを飲んで今日はお休みください。起きる頃には、刻印も落ち着くことでしょう」
熱が離れる。匂いを追ってつい手を伸ばしそうになり、凛士は唇を噛んだ。
ヴァレトはいつものとおり平然とした表情で、ちらりと見た彼の下腹部にも、当然だが何の変化もない。
ヴァレトの姿が見えなくなったあと、凛士は再びテーブルに突っ伏した。
同じ匂いというだけで、身体が反応してしまった。
それだけで、もっと欲しいと思ってしまった。
ヴァレトは――あいつじゃないのに。
しばらく経っても自己嫌悪と羞恥心は消えず、ついに耐えられなくなった凛士は、自分の心から逃げるように部屋を飛び出した。
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