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第22話 出会い話・2
「結局さ、颯太は逃げてきたんだよ。財布と携帯しか持ってなかったし、家の鍵さえ持ってなかったんだ。
身の上がかわいそうでさ。
4歳の時に母親を亡くして、あとはずっと使用人に育てられたんだって。
4歳以降、一度も父親に会ったことがないらしい。
それで15歳の時に音楽事務所の社長が保護者になって、寮に住まわせたんだ。
でもそこで過酷に働かされたらしい。
思い余って逃げ出したのが、あの夜だったんだよ。
あんなに身体がボロボロじゃ、簡単には治らないよ」
楓「それで、ずっと論文書いてることにしたんだ?」
俺「うん。他に手がなかった。
財布の学生証を見て、せっかく大学に入ったんだから勿体ないと思ってさ。
“1年休学すれば少しは楽になるよ”って言ったら、お願いしますって言うんだよ。
だから山川先生に頼んで、休学の手続きをしてもらって、事務所の社長に連絡が行かないようにしてもらった」
淳一「へえ〜、それは良かったんじゃない?」
俺「そしたらさ、先生が爆弾を落としたんだよ」
楓「なに?こわいよ」
俺「まだ早いと思ったんだけど、先生はずばり、
“具合の悪い今こそ説得力があるから、音楽事務所の契約を解除した方がいい”
って言ったんだよ。
簡単にできるし、絶対勝てるって颯太を説得した」
淳一「山川先生、男気あるよね。その決断がすごい」
「それで颯太も“お願いします”ってことで、先生がいきなり引っ越し業者を連れて寮に行って、荷物を全部引き取ってきたんだ。
そしたら机の鍵がこじ開けられてて、契約書や預金通帳がなくなってた」
楓「うわ、やばい」
俺「でも先生は“これはちょうどいい材料ができた”って言うんだよ。
“全部元に戻せます”って言い切ってさ」
淳一「へえ〜、すごいね」
俺「実はさ、颯太の父親は経済界の重鎮なんだよ。
だから先生が裁判を起こせば必ず勝てる。
でも情報が漏れて父親が知ったら、マスコミが騒ぐ。
颯太もダメージが大きいって先生が言うんだ。
だから、この際“内容証明で裁判を起こします”って知らせたらいいって。
困るなら社長に電話してくださいって書いたんだよ。
颯太の診断書と、契約書や通帳や現金がなくなってることも添えて」
楓「ドラマみたいだね。そんな父親、本当にいるの?」
俺「先生曰く、一定数はいるらしいよ。
代々の政治家や経済人とか、本宅・別宅がある世界さ。
大学でも“保護者が加害者”ってケースが年に数人はいるんだって。
だから本人の意思を優先して、保護者には連絡しないって言ってくれた」
淳一「で、手紙の結果は?」
俺「父親が社長に電話してさ、
“そんなひどい目に合わせるために預けたんじゃない!
息子の物は全部返せ。返さないならお前の事務所はひねりつぶす!”
って言ったらしいよ」
二人ともクスクス笑い出した。
やっぱりね、そこはツボだよな。
「颯太の一番の不安は、ひどい社長でも逃げれば“保護者がいなくなる”ってことだったらしいんだよ。
だから俺が保護者になるって言ったら号泣してさ。
全然止まらないんだよ。
で、最初に望みを聞いたらね、
“俺と一緒に寝たい”って言うんだよ。
親と一緒に寝たことがないって。
まあ、それでずっと一緒に寝てるわけだよ」
あれ?楓が泣いてる。珍しい。
淳一も涙ぐんでいる。
楓「あーもう私ダメ、泣かされた。かわいそうすぎるよ」
淳一「ほんとだよな。うちなんか恵まれてたよ」
そこへ、「ワーッ!」と叫び声がした。
え?と全員で颯太を見に行く。
「颯太、大丈夫か?起きた?うなされたの?」
うなずいて、ぽろぽろ泣いていた。
上半身を起こして抱きしめる。
「大丈夫だよ。俺と一緒だ。安心して。
誰も追いかけてこない。もう終わったんだよ」
楓「鎮静剤入れようか?」
俺「うん、そうしよう。でないと眠れないだろう。トラウマなんだよ」
淳一「鎮静剤どこ?」
「俺の書斎の本棚。
それと机の横に診療カバンがあるから持ってきて」
すぐに持ってきてくれて、点滴に鎮静剤を入れてくれた。
楓「じゃあ、私たちが食べた分は片付けて帰るね」
俺「うん、悪いね。ありがとう」
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