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第39話 立花会長の最後のお願い
約束の十時きっかりに、立花会長がやって来た。
小林執事と山川弁護士も一緒だ。
家族も事前に集まってくれていた。
颯太は気丈に待っていたが、顔は蒼白で、張りつめた糸のように緊張していた。
「初めまして。颯太が皆様に大変お世話になっていると伺い、心より御礼申し上げます。
私は立花悠真と申します。颯太の戸籍上の父親になります。
昨日、執事から事情を聞かれたと思います。驚かれたことでしょう。
本来ならこんな形にしたくはなかったのですが……私にはもう残された時間がありません。
明日からアメリカへ治療のため渡航いたします。帰れる可能性は、正直あまりありません」
静まり返った空気の中、会長は続けた。
「それで……会社のすべてを颯太に譲るつもりです。
ただし、颯太に負担がかからないよう、すべて手を打ってあります。
ですから、名前だけポストを担ってもらえれば、それで十分なようにしてあります」
そう言った瞬間、会長の身体がぐらりと揺れた。
「大丈夫ですか? 横になられますか?」
「いえ……大丈夫です。
私は再婚して二人の娘がいますが、二人ともオメガで……残念ながら跡継ぎとしての能力はありません。
そのため、すでに社会経験のある颯太にすべてを託すことにしました。
颯太もオメガだと聞いておりますが、院長先生がそばにいらっしゃると聞き、後見人として何の不足もございません」
そこで会長は息が切れ、言葉を続けられなくなった。
山川弁護士に視線を送り、軽くうなずく。
山川弁護士の説明
「では、私から続けさせていただきます。
立花家の会社組織は非常に大きく、ここで後継者が不在となれば、
従業員たちは路頭に迷うことになります。
分裂や乗っ取りの危険は、明日にも起こり得る状況です。
特に会長が重病であることが知られており、手ぐすね引いて待っている者もいるようです。
そこで会社を安定させるため、颯太さんを正式に“名誉会長”として辞令を出します。
次に、颯太さんを守るため、院長先生には“特別顧問”に就任していただきたいとのことです。
さらに、颯太さんの法的な盾として、私・山川を正式に顧問弁護士として発表致します。
尚、遺言執行人も兼任致します。
会社では会長室をお使いください。
それが立花家の当主であり、跡継ぎであるという象徴になります。
颯太さんが就任すれば、跡目争いはすべて消滅します。
会長が亡くなられた後も、経営は今のプロに任され、社員たちには株が分配されます。
再婚された奥様とお子様には、法律上の遺産相続はありますが、
会社に関する権利は一切ありません。抗議されても問題ありません。
本来なら事前にご相談すべきところですが、病状が急に悪化し、その時間がありませんでした。
本日ご用意した書類に実印をいただき、就任していただきたいのです。
どうか……お願い申し上げます」
颯太は呆然とし、私も言葉が出なかった。
経営など考えたこともない。
その時、父が静かに口を開いた。
「お話はよく分かりました。もう時間がないのですね。
本来なら陽一や颯太君の意見を聞くべきでしょうが……今のお話では、選択の余地はないようですね。
陽一、颯太君。代わりに返事をしてもいいかな?」
颯太は小さく、しかし確かに頷いた。
「はい……分かりました。山川先生もそばにいてくださるようなので……なんとかなるかもしれません。では、お引き受けいたします。颯太も、それでいい?」
颯太ははっきりと「うん」と頷いた。
会長の最後の言葉「ありがとうございます……。
颯太、院長先生……本当にお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします。
すべてを院長先生に託します。颯太の面倒を見てやってください。
身体を壊したと聞いて以来、ずっと心配しておりました。
しかし、院長先生の医療下にあると知り、本当に安心しました。
颯太……元気でいるんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、颯太はわっと泣き出した。
「颯太……お父さんにハグしてあげて」
そっと背中を押すと、颯太は泣きながら会長に抱きついた。
ああ……ダメだ。
みんなが泣かされてしまった。
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