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第40話 旅立ちの朝に
翌朝八時半、会社から迎えの車が来た。
これから毎日、専属の運転手が送迎してくれるらしい。
俺と颯太はスーツに身を包み、車に乗り込んだ。
途中、山川弁護士を病院の駐車場で拾う。
「おはようございます。今日から決戦の場になりますね」
山川先生の一言で、張りつめていた緊張が少しだけほぐれた。
「山川先生だけが頼りですからね。よろしくお願いしますよ」
「はい。それが私の仕事です。ご安心ください。
すべての契約書類は受け取っています。会長室に着いたらご説明します」
車は「ミツワタワー」と書かれた巨大なタワービルの車寄せに滑り込んだ。
ここは都会の一等地だ。
このタワービルは表が商業用で、店舗やホテルなどになっているそうだ。
ただし、裏側はミツワ株式会社専用になっている。
ミツワ株式会社本社は25階から最上階の35階までだ。
24階から下はミツワグループ会社の各本社が入っている。
車寄せ前には何十人もの社員が整列して待っていた。
車から降りた瞬間、全員が入り口前から一斉に深々と頭を下げる。
「おはようございます、立花颯太名誉会長!」
え、どうするよ……と心の中で叫んだが、すぐに女性が前に出てきた。
「おはようございます。第一秘書の上川でございます。
どうぞよろしくお願いいたします。会長室へご案内いたします」
颯太の手を握るわけにもいかず、俺は小声で聞く。
「颯太、身体大丈夫か?」
うん、と小さく頷く。
ここで倒れられたらシャレにならない。
エレベーターで最上階の35階へ。
これは専用エレベーターなのか?直行だ。
秘書がカードをかざしていた。
扉が開くと、そこはまるで高級ホテルのような空間だった。
上質な木製の香り、都会の景色が一望できる大きな窓。
やがて重厚な扉の前に着く。
「こちらが会長室でございます。どうぞお入りください」
扉が開くと、圧倒されるほどの広さ。
部屋全体が上から床までの大きな窓に囲まれ、坂の上に建っているせいか、遠くまで東京の素晴らしい眺望が望めた。
圧巻の景色に慣れていない俺は足元が不安になってしまった。
会長机は横が3mはありそうだし、革張りの立派な椅子は威圧感がすごい。
後で写真を撮って家族に送ろう。
俺と山川弁護士の机も横に用意されていた。
ベージュの大きなソファセットは十人は座れそうだ。
そこへ秘書室のスタッフがぞろぞろと入ってきた。
「立花颯太名誉会長、佐久間陽一特別顧問、山川弁護士。
改めてご挨拶申し上げます。私たちは会長専属の秘書室スタッフです。
第一秘書・上川、第二秘書・山本、第三秘書・吉川、
事務スタッフの末永、小島でございます。どうぞよろしくお願いいたします」
一斉に深く頭を下げる。
俺は颯太に目線で合図した。
こうなると思って、昨夜二人で考えてメモを書いておいた。
「では颯太会長が事前にご挨拶を書いたものがありますので、代わりに読ませていただきます」
<はじめまして。立花颯太です。どうぞよろしくお願いします。
こちらは後見人であり特別顧問の佐久間陽一医師です。
そしてこちらが山川弁護士です。よろしくお願いします>
颯太は緊張しながらも、しっかり頭を下げた。
上川秘書が続ける。
「では本日のスケジュールを申し上げます。
只今お茶をお持ちしますので少しお休みいただいた後、
十時より会議室にて重役たちがご挨拶をしたいとのことです。
その後は特に予定はございません。
ご質問があればいつでもお呼びくださいませ」
すぐにお茶と茶菓子が運ばれてきた。
「ではごゆっくりお休みくださいませ。
会議室へは三分前にお迎えに上がります」
ドアが閉まった瞬間、全員で「ふぅ……」とため息。
そして思わずクスクス笑ってしまった。
「颯太、今ので相当疲れたんじゃない? お菓子食べよう」
颯太は少し笑って、うんと頷いた。
すぐに茶菓子をつまみ始める。俺もお茶を飲んだ。
お菓子からして有名な銘菓だった。
緊張したよ、ほんとに。
「山川先生、颯太の声が出ないことは皆さん知ってるんでしょうか?」
「はい、伝わっているはずです。
だから答えが必要な場面は、院長先生に振られると思います。
まだ療養中であることも共有されていますから、
スケジュールが軽いのもそのためでしょう。
ただ、重役の皆さんには最初だけ挨拶が必要ですね」
「そうですね。初日ですし」
「はい。終わったら、預かっている書類の説明をします」
颯太はすでに疲れが出ていて、目がとろんとしている。
「先生、颯太のために横になれる長椅子を置いた方がいいですね。
これでは体力が持ちません」
「確かに。私も気になっていました。すぐお願いしましょう」
秘書室に電話すると、すぐに上川秘書が来てくれた。
事情を話すと、すぐに手配してくれるとのこと。
良かった。
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