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第44話 音楽の奇跡
その週はずっと休ませてもらった。
翌週の月曜日、「部屋が整いましたのでご覧ください」と連絡が来た。
ちゃんと時間通りに出勤したが、入り口でズラッと並ばれるのは勘弁してもらった。
それでも上川さんと、もう一人の秘書が出迎えてくれた。
颯太は車椅子には乗らず、自分の足で歩いた。
ただし会長室には車椅子を置いておく。
会長室に入った瞬間、思わず声が漏れた。
あれだけ広かった会長室の三分の一が仕切られ、
その分、防音個室がかなり広く作られていた。
個室の中にはセミダブルのベッドに、薄茶色の無地のベッドカバー。
美しい色のクッションが色違いで置かれ、リラックスできそうだ。
木製の小ぶりなロッカー、チェスト、ナイトテーブル。
小さな机と椅子、そしてテレビまである。
――完璧にワンルームの住まいだ。
もうホテルだな。
「颯太、すごいね。もうホテルができてるよ」
颯太はクスクス笑いながら、嬉しそうにベッドを触っていた。
「上川さん、すごいのができましたね。ありがとうございました」
颯太も深くお辞儀をした。
「喜んでいただけて何よりです。山川先生のご意見も伺いました」
「山川先生、ありがとうございました。素敵です」
先生も頬を緩ませて頷いた。
そして、颯太の机の横にはキーボードが置かれていた。
「颯太、キーボードが届いてるよ。弾いてみたら?」
颯太はいろんな音やリズムを試したあと、ふっと指を置いた。
流れ出したのは――
『主よ、人の望みの喜びよ』。
この曲は大好きだ。
静かな祈りのようなバッハの調べが部屋中を包み‥‥‥そして満たした。
うまい……
胸が熱くなって、涙が出そうになった。
颯太はピアノをやっていたんだな。
曲が終わると、部屋中から拍手が起きた。
「すごいですねえ~、素晴らしいです。なんてお上手なんでしょう。
皆に聞かせてやりたいです。録音機能はないんですか?」
上川さんが大興奮していた。
へえ、こんなに興奮することもあるんだ。
「私が録音していましたよ。メールで送りましょうか?」
山川弁護士がさらりと言う。
さすがだよ。逃さないねえ。
「颯太はやっぱり音楽を続けた方がいいよ。才能がもったいないよ」
颯太はくすっと笑った。
「ここで音楽をされてもいいんですよ。何も拘束はありません。
自分の部屋のように、お好きなことをしてください」
山川弁護士の言葉に、颯太は深く頭を下げた。
午後、昼休みが終わると、なぜか秘書室の皆と、他部署のスタッフがぞろぞろと入ってきた。
え?と思っていると、上川秘書が言った。
「すみません。下の休憩室で録音を流していたら、
周りの皆が“もっと聞きたい”と言い出しまして……連れてきてしまいました。
先ほどの曲は素晴らしかったです。もう一度お願いできませんか?」
拍手が起きた。
これは断れないな。
颯太が俺を見る。
頷く。
颯太は再びバッハを弾き始めた。
俺は皆にソファを勧め、何人かが周りに集まった。
ドアは開けっぱなしだが、まあいい。
美しい調べが終わると、また拍手喝采。
すると颯太は、別の曲を弾き始めた。
――ん? これ、コンサートで聞いた曲?
そして次の瞬間。
颯太は声を出して歌い始めた。
ええ……
ただただ、涙が出た。
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