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第52話 リスク管理
颯太を個室に寝かせてドアを閉めた。
ソファに移動して、沢野さんに声を掛ける。
「少しお話があるのですが、かまいませんか?」
「あ、はい」
まだ驚いたままのようだ。
「びっくりしましたか?」
「はい、なんだかよくわかりません……。
一体どうされたのでしょうか? ついさっきお話したばかりですよね?」
「まだ療養中だというのは、こういうことなんです。
すごく身体を壊していて、なかなか簡単には回復できません。
彼は15歳の時に音楽事務所に入り、ハードに仕事をさせられたようで、過労とストレスで弱り切っていました。
ご存じかと思いますが、そんな時に舞台から逃げ出して、路地で倒れていたのを私が見つけて連れて帰ったんです。寝かせて顔を見て、初めて“さっきの歌手だ”と気が付いたんですよ。
公演直後に一人であそこにいたという訳ありな事情を考えて、しばらく預かることにしたんです。
その時はもう声を失っていました。身体も弱っていて、寝たきりでした。
今は回復傾向にありますが、完全ではありません。
そんなところへ前会長からのお話があり、お引き受けすることになりました。
沢野さんはナースなのでお話しますが、会長はオメガです。
本人はベータだと言われていたそうですが、こちらの検査ではオメガでした。
だから回復が遅いのかと思ったんです。
やはり、すごく身体が弱いんですよね」
「そうだったんですか……。それは大変でしたね。会長も高校生だったんですよね?
15歳から学校と仕事をたくさんこなしたことが、本当に奇跡でしたね」
「はい。それで身体の発達がストレスと過労で遅れています。
まだヒートが来るまでは成熟していないんです。
でも今はホルモン治療をしていて、ある日突然ヒートが来る可能性もあります。
そんな時は、すぐそこの個室に入れてやって欲しいんです。
私がいる時はすぐ連れて帰りますが、
会社の中にいるだけでも危ないので……、そこは助けていただけないでしょうか?」
「はい。かしこまりました。必ずそういたします」
彼が戻ったあと、少し肩の荷が下りた。
また颯太の様子を見に個室に行くと、ぐっすり眠っていた。
点滴はまだ1時間以上かかるな。
ああ、ここで点滴をしないで、先に帰れば良かったかな。
ちょっと後悔した。なんだか落ち着かない。
点滴が終わったら車いすに移れるかな?
どちらにせよ、すぐ帰ろう。
颯太の寝顔を見ていると、俺も眠くなる。
ベッド脇の椅子でウトウトしてしまった。
しばらくして沢野さんから電話がかかってきた。
「ご注文された荷物でしょうか? 医務室に運ばれてきたのですが、どうしましょうか?」
「え? もう届いたんだ。早いなあ〜。すぐ行きますね」
点滴を見ると、あと1時間くらいだ。携帯にアラームをかけた。
「山川先生、ちょっと荷物が届いたそうなので医務室に行ってきます。30分くらいで戻るので、よろしくお願いします」
「はい、分かりました。行ってらっしゃい」
医務室に行くと、荷物で部屋がいっぱいになっていた。
「お待たせしました。ではキャビネットから荷物開きをしましょうか?」
「すごいですね。僕が段ボールを外しますよ」
それから二人で奮闘すること20分。荷解きは終わった。
「キャビネットはここに置きましょうか?」
二人で移動した。
救急カートも出して拭き、小物をあちこちにセットしていく。
「沢野さん。キャビネットですが、鍵が2個あります。
1個は私が持って、1個は沢野さんが持ってください。
緊急の時は、このカートにキャビネットの一番下の棚の薬品が入っているトレーを2つ、カートに乗せて持ってきてもらえますか?」
「はい、かしこまりました」
「薬品以外の小物はカートに乗せたままで大丈夫です」
「社員の健康カルテは全部コピーして、このファイルに入れておきました」
「おお、早いですね。それはワゴンの一番下に入れておきましょうか」
「普段はカートに埃がかからないように、布かビニールをかけておいてもらえますか?」
「はい、分かりました」
「では、お手数をかけました。あとはよろしくお願いしますね」
ようやく緊急に対応できることに安堵して医務室を後にした。
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