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第61話 イケメンさん
それから約5日ほど経った。
上川秘書から「警備の調印式があるのでお越しください」と案内があった。
場所は33階の役員フロアにある10人用会議室だ。
俺と颯太、山川弁護士、上川秘書が連なって向かった。
会議室にいたのは、
• 総務部長
• 警備会社の責任者
• この前説明をしてくれた三枝主任
上川秘書は「名誉会長のサインを頂くだけで終わりますから」と言っていた。
警備会社の責任者も、
「前会長の時と同じ内容です」
と言ったので、本当にサインだけで良いらしい。
「では名誉会長、こちらにサインをお願いします」と上川秘書。
颯太はおずおずと前に出て、指示された場所にサインをした。
たったこれだけのことだけど、会社としては1億円が相手に渡るんだから大変だよな。
「ではこれにて調印式は終了です。明日から警備が開始されます」と上川秘書。
三枝主任が続けた。
「明日は朝8時半にマンションの玄関までお迎えに上がりますので、その前に家から出ないようにお願いします」
「はい、わかりました」
颯太と俺は神妙に答えた。
内心、(玄関からかぁ……)と思った。
でも一応、行きそうな場所のリストはファイルで警備会社に送っておいた。
もちろん家族全員の写真と名前も添付してある。
調印式が終わると、上川秘書が言った。
「スタイリストの件ですが、広報が担当いたしますので“伺います”とのことです」
***
今度は広報のスタッフが会長室にやって来た。
見事に加納課長以外の5人が揃っている。
みんなが来ている時は、課長が電話番をしているらしい。(笑)
「おはようございます。スタイリストをご希望だと伺いましたが、ご指名はありますか?」
俺は颯太の顔を見る。
「あるの?」
「ううん、もう名前を忘れたし、特に希望はないです」
俺が補足した。
「今までは音楽事務所で仕事をする時に、スタイリストに衣装を頼んでいたようなんです。
ただ、本人は普段着が手持ちで足りるからと言って、洋服を買うことはほとんどないらしくて、珍しく行くことがあってもアニクロだそうですよ」
「ええーー?」
広報の5人が一斉に声を上げた。
俺はそれが面白くて仕方なかった。
そんなに問題なのか?
そんなの別に珍しくないだろう?
スタッフ同士で顔を見合わせている。(どうしよう?)という空気だ。
「順番に話す?」と誰かが言い、山下さんが口火を切った。
「では順番にお話しさせてください。まず颯太さんは“夢を売る仕事”なので、洗いざらしの服装ではイメージダウンです。申し訳ないのですが、服装は人前に見せるものとして、一から出直すくらいの気合を入れていただけないでしょうか?」
次に小松さん。
「スタイリストはこちらで手配します。そして普段着はもちろん、マスコミに出る可能性もありますから、普段着も何着か用意しておいた方がいいです。仕事で出演がある場合はオーダーの方が良いかもしれませんので、事前に準備しておきます」
続いて岡本さん。
「写真を撮る時はヘアスタイルもメイクも必要なので、スタイリストに来てもらいます。それと、そろそろ髪が伸びていらっしゃるので、カットやお肌のお手入れをお勧めします。こちらで予約してもよろしいでしょうか?」
ついクスクス笑ってしまった。
「すごいことになってるね」
俺が言うまでもなく、颯太は完全に戸惑っている。
そこへ男性社員の石井さんが発言した。
「あのう、僭越ながら……佐久間先生もご一緒にお願いしたいです。いつも同行されるなら目立ちますし、バランスを取るためにも一緒にスタイリングされた方がいいと思います。一歩外に出れば勝手に写真を撮られてSNSに出されてしまいますから、油断できません」
最後に田代君。
「そうです。院長先生は長身でイケメンなので、すごくスタイリングが映えると思います。颯太さんとのコンビネーションももっと映えると思いますよ」
俺は呆然として、何と言っていいか分からなかった。
思わず山川弁護士を見ると、思いっきり笑っていた。
なんだよ〜……。
でも颯太が俺の服をそっと引っ張った。
「なに?」
「一緒にやってほしい」
ああ〜……顔を両手で何度もこすってしまった。
恥ずかしすぎる。俺は素人だぜ。
今更そんなにカッコつけたって、病院の連中がなんと思うんだよ。
ここで山川弁護士がとどめを刺す。
「先生、やはり広報の言う通りですよ。会長のために一緒に行動されるなら、いいじゃないですか。イケメンなんですから」
アハハハと、結局みんなで笑っていた。
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