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第86話 颯太の生家
初めて颯太の生家に行った。
信じられないほどの広大な敷地。
区画の端から端まで、高い塀でぐるりと囲まれている。
門は自動で開いた。
門から玄関まで50メートルはある。
樹木に囲まれた道をS字のように曲がりながらゆっくり進むと、大きな車寄せに到着した。
山川さんが連絡してくれたのだろう。
玄関前には小林さんをはじめ、使用人たちが整列して待っていた。
車から降りると、「お帰りなさいませ」と一斉に挨拶される。
颯太は、こんな大きな家で独りぼっちだったのか……胸が痛んだ。
颯太は少しはにかみながら、「ただいま」と声をかけていた。
小林執事が深々と頭を下げた。
「院長先生。この度は本当にありがとうございます。
前会長がどれほどお喜びになったか……。
佐久間理事長様ご夫妻にも、心より感謝申し上げます」
颯太がにこっと笑って、俺の手を握った。
「みんなにお土産があるんだよ」
「では颯太様、ご紹介がてらお茶にいたしましょうか?」
「うん、そうする」
颯太は買ってきたケーキの箱を小林さんに渡し、
SP用に買ったものも渡した。
「ここは厳重なセキュリティに囲まれています。
どうぞ安心してお休みください」
小林さんがSPたちに声をかける。
専用の休憩所があるらしく、運転手らしき男性が案内していた。
玄関に入ると、そこだけで恐ろしく広い。
和風のしつらえで、廊下はぴかぴかに磨かれている。
スリッパを履いて廊下を進むと、
いきなり広い庭が見渡せるリビングに出た。
ここは洋風で、ゆったりとした大きな家具やソファが並んでいる。
ソファのコーナーが二つもある。
昔は来客が多かったのだろう。
庭は日本庭園で、手前は芝生、奥は深い樹木の森のようだ。
リビングから眺めるだけでも、庭師の手入れが隅々まで行き届いているのが分かる。
凄い……。ただ、その言葉しか出てこなかった。
これだけの家なら、使用人が常時数人必要だ。
一人や二人では到底無理だ。なるほど。
「院長先生、お茶が入りました。どうぞおかけください」
ソファを勧められ、紅茶かコーヒーかを聞かれた。
「ではコーヒーを頂きます」
「俺は紅茶にする」
颯太は慣れた様子だ。
ケーキもお皿に盛られて出てきた。
ブルーの模様が入ったカップと皿。
俺でも分かる。
ロイヤルコペンハーゲンの最高級品、フルレースだ。
ティーポットも砂糖もミルクも同じシリーズ。
何もかも桁違いで、言葉を失った。
ふと見ると、すでに全員が並んでいた。
「院長先生、颯太様。ご結婚おめでとうございます」
皆で声を揃えてくれて、お祝いを言ってくれた。
小林執事が、
「院長先生、では使用人をご紹介いたします」
「筆頭家政婦の間宮由紀でございます」
「家政婦の滝沢真知子でございます」
「家政婦の三沢マツでございます」
「家政婦の松見良子でございます」
「運転手兼庭仕事をしております、横森勇吉でございます」
一斉に深々とお辞儀をされ、思わず立ち上がって受けてしまった。
「今日は突然伺って申し訳ありません。
青山にある佐久間総合病院院長の佐久間陽一と申します。精神科医です。
今後お世話になると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
また全員が深々と頭を下げた。
どうしよう……と戸惑っていると、
颯太が俺の服の端を引っ張った。
「先生も座って、一緒にケーキ食べようよ」
やっぱり颯太は場慣れしている。
「どうぞ皆さんもお召し上がりください」と声をかけた。
小林さんが家政婦たちに声をかける。
「では今日は初めてですので、ご一緒させていただきましょう」
「ありがとうございます」
声が揃った。
緊張で喉がカラカラになった。
普段はテーブルが別々なのだと知り、また驚いた。
「先生、あとで俺の部屋見る?」
「うん、そうだね」
無邪気な颯太。
こんな環境で育ったのか……楓たちに見せたいくらいだ。
そうだ、忘れるところだった。
俺は立ち上がった。
「あのう、今度は私の家族を連れて伺ってもよろしいでしょうか?
それと、反対に我が家にも皆さんをご招待したいと思います」
「まあ?」
驚いた声があちこちから上がった。
「うん、それがいいね。楓姉さんや淳一兄さんにも来てほしいよ」
颯太が言うと、家政婦たちはさらに驚愕した表情を見せた。
あれ? 刺激が強かったかな?
俺が戸惑っていると、小林さんが補足してくれた。
「颯太様が第三者の方に、
このように親しみを込めた呼び方をされたのは初めてなのです。
みんな驚いているんですよ。
相当かわいがっていただいたようで、本当にありがとうございます。
ぜひご家族の皆様にも遊びにいらしていただきたいと思います」
「はい、ありがとうございます。早速伝えておきます」
ケーキの味もよく分からないまま、
その後は颯太に家中を案内され、庭を散歩した。
隅に畑があった。
これは父が喜びそうだ。
横森さんが手入れしているらしい。
さらに驚いたのは、颯太の二階の部屋。
広い!窓もバルコニーも机もデカい。
会長室の机と変わらないじゃないか。
思わず笑ってしまった。
一通り見せてもらうと、もう夜になりそうだったので辞去した。
「御夕食をご用意できます」と言われたが、丁重にご辞退した。
今日はもう喉を通りそうになかった。
「颯太、早く帰ろう」
「うん、帰る」
疲れた……。
SPが送迎してくれることに心から感謝した。
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