110 / 116

第110話 巨星落つ

まだ11時だった。 いくらなんでも早い。 あと30分、どこかで時間をつぶそう。 山川弁護士に、 「時間つぶしと腹ごしらえを颯太としてきます」 とメールしておいた。 「颯太、ちょっと早いけどさ、俺お腹すいちゃった。今日は広報が来ないみたいだから、ちょっとご飯がてらサボりに行こうよ」 「えー、先生がサボるの?」 「いつも働きすぎだよ。さあ、行こう」 33階に降りてホテルへ出た。 ほっとした。 あの慌ただしさを颯太に見せたくなかった。 「そういえばさ、下の店舗って見たことないよね?」 「うん、そうだね。ブティックや本屋さんにカフェも入ってるんだよね?」 「うん。たまには颯太になんか買ってあげたいな。たい焼き以外で」 ぷーっと二人で吹き出した。 紳士用のブティックもあった。 小物が面白そうだ。 「颯太、あそこの帽子はどうかな?」 明るい色のキャップがあった。 生地が上質だ。 颯太が手に取って鏡の前で被ってみる。 「お、よく似合うじゃん」 「そう? じゃあ先生もお揃いで買う?」 「いいよ。颯太はお揃いが好きなの?」 「ううん、違う。先生が好きなの」 「颯太! ここで抱きしめるぞ」 ぷっと笑って颯太が逃げた。 「じゃあ、これ二つ袋に入れてください」 買い物を終え、本屋をぶらぶら。 11時半になった。 「颯太、ホテルのレストランに行こうか? ハンバーグ食べたいんだよね〜」 「うん、いいよ。行こう」 ホテル上階のレストランへ。 ここは喧噪もなく、本当に平和だった。 おいしくハンバーグを食べ、ゆっくりコーヒーを飲む。 「颯太、デザートは? アイスクリームでも食べる?」 「うん、食べる。なんかいっぱい乗っかってるのがあったよね?」 「あるある。全体の量は少ないみたいだから、ちょうどいいんじゃない?」 それを二つ注文した。 フルーツが少しずつ乗っていて、あんこも少し添えてある。 運ばれてきた。 「うわっ、おいしそうだねえ」 「うん、食べよう」 二人でゆっくり食べた。 颯太が本当に美味しそうに食べている。 なのに、胸が重い。 全部平らげると、 「もうお腹いっぱいだよ。食べ過ぎちゃった」 「そう? 俺はもっと食べられるかなあ?」 ふふふと笑い合った。 「ねえ、そろそろ帰らない?」 颯太が言う。 なんで今日に限って。 「うん、そうだね。じゃあ帰るか。 えっとね、ミツワタワーの周りの公園を散歩しながら帰ろうよ。せっかく二人きりだしさ」 「先生、SPがいるよ」 「いいからいいから、回ろうよ」 遠回りして時間を稼ぎたかった。 ぐるっと回って玄関近くに来た。 え? 颯太の足が止まっている。 そっちを見ると──しまった。 玄関横のポールの社旗が、半旗になっていた。 「あ、あ、ああ〜……」 颯太が泣き崩れた。 抱きしめた。 なんてタイミングだ。 こんなはずじゃなかったのに。 動けない。 どうしよう。 SPに頼んだ。 「すみません、車いすをお願いできますか?」 すぐに持ってきてくれた。 「颯太、部屋に帰ろう」 車いすに座らせた。 もう泣きじゃくっていて、当分無理だ。 会長室に戻り、防音室のベッドに寝かせた。 胸に抱きしめたまま、颯太は泣き続けた。 抱きしめながら片手でメールした。 上川秘書へ。 「今、防音室に二人でいること。 颯太が半旗を見て泣いていること。 適当に帰るが、大学と白石先生に連絡をお願いします。 佐久間は俺が連絡します」 よし、これでいい。 父にもメールした。 「巨星落つ」と。

ともだちにシェアしよう!