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第110話 巨星落つ
まだ11時だった。
いくらなんでも早い。
あと30分、どこかで時間をつぶそう。
山川弁護士に、
「時間つぶしと腹ごしらえを颯太としてきます」
とメールしておいた。
「颯太、ちょっと早いけどさ、俺お腹すいちゃった。今日は広報が来ないみたいだから、ちょっとご飯がてらサボりに行こうよ」
「えー、先生がサボるの?」
「いつも働きすぎだよ。さあ、行こう」
33階に降りてホテルへ出た。
ほっとした。
あの慌ただしさを颯太に見せたくなかった。
「そういえばさ、下の店舗って見たことないよね?」
「うん、そうだね。ブティックや本屋さんにカフェも入ってるんだよね?」
「うん。たまには颯太になんか買ってあげたいな。たい焼き以外で」
ぷーっと二人で吹き出した。
紳士用のブティックもあった。
小物が面白そうだ。
「颯太、あそこの帽子はどうかな?」
明るい色のキャップがあった。
生地が上質だ。
颯太が手に取って鏡の前で被ってみる。
「お、よく似合うじゃん」
「そう? じゃあ先生もお揃いで買う?」
「いいよ。颯太はお揃いが好きなの?」
「ううん、違う。先生が好きなの」
「颯太! ここで抱きしめるぞ」
ぷっと笑って颯太が逃げた。
「じゃあ、これ二つ袋に入れてください」
買い物を終え、本屋をぶらぶら。
11時半になった。
「颯太、ホテルのレストランに行こうか? ハンバーグ食べたいんだよね〜」
「うん、いいよ。行こう」
ホテル上階のレストランへ。
ここは喧噪もなく、本当に平和だった。
おいしくハンバーグを食べ、ゆっくりコーヒーを飲む。
「颯太、デザートは? アイスクリームでも食べる?」
「うん、食べる。なんかいっぱい乗っかってるのがあったよね?」
「あるある。全体の量は少ないみたいだから、ちょうどいいんじゃない?」
それを二つ注文した。
フルーツが少しずつ乗っていて、あんこも少し添えてある。
運ばれてきた。
「うわっ、おいしそうだねえ」
「うん、食べよう」
二人でゆっくり食べた。
颯太が本当に美味しそうに食べている。
なのに、胸が重い。
全部平らげると、
「もうお腹いっぱいだよ。食べ過ぎちゃった」
「そう? 俺はもっと食べられるかなあ?」
ふふふと笑い合った。
「ねえ、そろそろ帰らない?」
颯太が言う。
なんで今日に限って。
「うん、そうだね。じゃあ帰るか。
えっとね、ミツワタワーの周りの公園を散歩しながら帰ろうよ。せっかく二人きりだしさ」
「先生、SPがいるよ」
「いいからいいから、回ろうよ」
遠回りして時間を稼ぎたかった。
ぐるっと回って玄関近くに来た。
え?
颯太の足が止まっている。
そっちを見ると──しまった。
玄関横のポールの社旗が、半旗になっていた。
「あ、あ、ああ〜……」
颯太が泣き崩れた。
抱きしめた。
なんてタイミングだ。
こんなはずじゃなかったのに。
動けない。
どうしよう。
SPに頼んだ。
「すみません、車いすをお願いできますか?」
すぐに持ってきてくれた。
「颯太、部屋に帰ろう」
車いすに座らせた。
もう泣きじゃくっていて、当分無理だ。
会長室に戻り、防音室のベッドに寝かせた。
胸に抱きしめたまま、颯太は泣き続けた。
抱きしめながら片手でメールした。
上川秘書へ。
「今、防音室に二人でいること。
颯太が半旗を見て泣いていること。
適当に帰るが、大学と白石先生に連絡をお願いします。
佐久間は俺が連絡します」
よし、これでいい。
父にもメールした。
「巨星落つ」と。
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