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第114話 混乱の会長室
遺言開示が終わり、山川弁護士が再婚妻の立花亜矢さんと、娘の紗奈ちゃん・香菜ちゃんを連れて会長室へ向かった。
俺は後ろで怯えている颯太の手を握った。
上川秘書と小林執事も同席する。
亜矢さんはソファに座るなり、
「一体どういうことなのよ? なんで3000億円も遺産があるのに、月100万なの? おかしいでしょう?
おまけに颯太だけミツワの株が10%もあるなんて信じられない。うちの娘はどうなるの? 言ってみなさいよ!」
と、予想通り怒鳴り散らした。
颯太は怖がって俺の後ろに隠れた。
折り畳み椅子を二脚持ってきて、ソファの後ろに並べ、颯太と座った。
弁護士が静かに口を開く。
「今からご説明しますので、どうぞお聞きください」
弁護士の説明
「まず、颯太さんの10%の株は、ミツワの当主として必要不可欠です。
信託の100億円は、おそらくSPの維持費などに使われるでしょう。
また、富裕層が財産を株式・美術品・不動産・海外資産などに分散するのは常識です。
全額を現金で持つ人などいません。
それでも現金が450億円、信託銀行に入ります。
この運用利子だけで数十億になり、それが自動的に元本に積み立てられます。
手元資金を少なくしたのは、前会長のご判断です。
奥様が一生安心して暮らせるように、とのご配慮です。
もし自由に使える状態なら、犯罪者の格好の標的になります。
残高はクリック一つで秒で盗られます。
奥様を守るための措置なのです。
必要な費用があれば、いつでもお申し付けください。
毎月100万円、年2回のボーナス2000万円ずつ。
住まいも別荘も維持費はすべて信託基金が賄います。
財産は減るどころか増えていきます。
ミツワ以外の株式からも数億の配当金が入ります。
十分ではありませんか?」
「じゃあ娘はどうなるの? 全額信託って言ってたじゃない! 現金はどうなってんのよ!」
亜矢さんはまだ戦闘態勢だ。
弁護士は落ち着いた声で続ける。
「お嬢さんお二人は、それぞれ1500億円が相続されます。
そのうち現金150億円が信託に入ります。
これがどれほど危険な額か、ご想像ください。
現金があると、明日にも誘拐される可能性があります。
ですから私は、この基金から即座に三人にSPを付けるべきだと判断しています。
颯太さんもSPを付けていますが、年間1億円の経費です。必要な費用です。
現金の入金は2週間後です。
そのため明日、信託銀行に同行します。
口座を作り、手続きを済ませましょう。
そうすれば送金はその口座に入り、誰も1円たりとも引き出せません。
保護されるのです。
また、紗奈さんには毎月3万円、香菜さんには2万円のお小遣いが出ます。
年2回、20万円ずつボーナスがあります。
修学旅行や部活の遠征費も信託から出ます。
これもお嬢さんたちを守るためです」
弁護士の説明が終わっても、亜矢さんはまだ釈然としない様子だった。
ここで、俺は娘たちと話したくなった。
陽一「紗奈ちゃん、香菜ちゃん。
お父さんがいなくなって寂しいと思うけど、俺も立花家の養子になったから、
二人と同じ“お父さんの子供”になったんだよ。
だから四人兄妹だ。
俺は立花陽一。陽一兄さんって呼んでくれる?
精神科のお医者さんなんだ。
こっちは颯太兄さん。
困ったことがあったら、いつでも電話していいよ」
名刺の裏に携帯番号を書いて渡す。
颯太にも促すと、同じように名刺を差し出した。
「時々、おやつでも一緒に食べようか?」
二人は戸惑いながら名刺を受け取った。
そうだ、これも話しておかないといけない。
「紗奈ちゃん、学校に友達はいる?」
うつむいたまま、首を横に振る。
「そっか。
小遣いが毎月3万円は多いから、友達には“8000円”って言うといいよ。
お金が多いと、おごれって言われたり、
お金がなくなったら離れていく子もいるからね。
香菜ちゃんも2万円は多い。
“5000円”って言っておけば大丈夫。
足りなかったら出せばいいけど、
まずはその範囲で工夫してみて。
ボーナスのことは内緒ね」
香菜ちゃんが「うん」と言い、
紗奈ちゃんも小さく頷いた。
陽一「亜矢さんにも名刺を渡しておきますね。
うちのバース科の友永先生は、とても優しい先生です。
困ったことがあれば、いつでもいらしてください。
秘密は守りますから」
名刺の裏に番号を書いて渡すと、
亜矢さんは急に静かになった。
怒りの矛先がなくなったのかもしれない。
「帰るなら、SPがいるから送って行こうか?」
颯太が言った。
ええ?……すごい進歩だ。
「それがいいですね。
SPがどう動くか、体験してみると分かりやすいですよ。
先導車が1台、後ろにもう1台つきます。
今日は先導車に乗るといいですよ」
俺も後押しした。
「小林さんは?」
「車で来たので、後ろからついていきます」
「じゃあ帰りましょう。山川さん、よろしいですか?」
「もちろんです。どうぞ」
SPに連絡し、1階へ降りる。
出口には車が2台待っていた。
亜矢さんたちを先導車に乗せ、
俺は颯太と後ろの車に乗り込んだ。
──これで、なんとか収まった……のか?
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