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第2話「僕は会社をクビになる」
【12月26日金曜日11:00】
「そんなこと言うなら、辞めてもらうしかなくなるぞ。いいのか?」
社長室で、社長の息子・唐津ツヨシが脅してきた。
彼は僕より10歳年上の37歳。
見るからにボンボンという感じの冴えない男だ。
今日は仕事納めで、事務の女の子や他の従業員は、僕らのことをチラチラと気にしながら、大掃除を始めている。
「だったら、本日付けで退職させていただきます」
社長は己の馬鹿息子の無能さが、よく分かっているのだろう。
「いやいや、ちょっと待て、風間」
慌てて僕を引き止めようとする。
「僕は今後、風間キヨチカという一人の椅子職人としてやっていきます。後輩の成果を自分の手柄にするような人の元には、いられません」
「ちょっと顔がいいからって生意気言いやがって。俺の名前で作品を世に出してもらえただけでも、光栄だと思え!パパ、コイツはクビだ!クビにして」
—
僕はたった今、4年間働いていた仕事をクビになった。
いや、あんな会社辞めてやったのだ。
高校卒業とともに東京に出てきた。
一浪して美大に入り、23歳のときに高級木製家具を作る「カラテア工房」に就職した。
僕的には、才能を買われ即戦力として雇われたと思っていたが違った。
工房では、社長の息子ツヨシが威張り散らしていたのだ。
彼のGOが出なければ、デザイン案は通らない。
ダメ出しをされるならば、まだいい。
僕の案に無理やり一工夫、いや蛇足を加えてくるのが、我慢ならなかった。
決定打となったのは、つい先日結果が発表された、フェイジョアホテル主催の椅子コンペ。
『フェイジョア・ウッドチェア・アワード』で、念願叶って、カラテア工房が大賞を初受賞したことだった。
—
5年前に開業した、東京駅近くにそびえ立つラグジュアリーホテル「フェイジョア」。
このホテルは、館内に置かれた全ての椅子にこだわっていることで、有名だ。
椅子は全て木製。
見る者の目を楽しませる美しくユニークなデザインで、座り心地の良さも追求し尽くしたものばかりだ。
そんな完璧と言える木製の椅子が、各階にゴロゴロ配置されている。
さながら美術館のようだと、これを目当てに訪れる客も多い。
35歳だという若きオーナーのこだわりなのか、全ての椅子は日本人若手デザイナーの作品だ。
さらに、新たなデザイナーを発掘するため、年に一度コンペが行われ続けている。
—
その、フェイジョアホテル主催の椅子コンペ。
工房入社1年目は、そもそも参加させてもらえなかった。
2年目は、社内コンペで理不尽に落とされた。
3年目は、僕の完璧なキングチェアに奴が余分な装飾を加えやがって、落選。
そして今年。
僕のデザインしたウォールナットのラウンジチェアは、見事、大賞を受賞した。
削りだしの背もたれは、自分でもとても気に入っている。
受賞式は新年1月4日。
若きフェイジョアオーナーに会えるのが、何よりも楽しみだった。
彼の顔は、どこにも公表されておらず謎めいている。
会えたら、どうしてそんなに木製の椅子にこだわるのか、直接尋ねてみたい。
しかし、仕事納めの今日になって、発覚したのだ。
受賞した椅子のデザイナー名義が、カラテア工房副社長・唐津ツヨシの名になっていることが。
「あれは僕のデザインです」
そう訴えたが、聞き入れてはもらえなかった。
よって、僕は受賞式に参加することも叶わない。
—
二度と出社しなくて済むよう、全ての荷物をまとめる。
それにしても……。
こんな年の瀬に、無職になるとは。
年明けからはどうしよう。
フリーの職人としてやっていくにしても、使える作業場の心当たりも無い……。
外は寒く、駅まで歩くだけで指先が氷のように冷たくなった。
よし、今夜はフェイジョアに泊まろう。
そう決めると僕の気持ちは、少し上向きになった。
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