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第3話「僕の副業は飛べない鳥」
【12月26日金曜日16:45】
『はい。鳥籠(とりかご)でございます』
スマホは、老紳士の落ち着いた声に繋がった。
「あっもしもし、フクロウさん?文鳥のキヨチカです。今日17時以降、鳥籠に入れます」
『承知しました』
「できれば、フェイジョアホテルの客がいいんだけど」
『お好きですね。畏まりました。マッチングしましたらご連絡いたします』
僕はとりあえず、東京駅が見える商業ビルに入った。
年末年始仕様になったショップを冷やかし、フクロウさんからの連絡を待つ。
30分ほどして、折り返しの電話があった。
『18時半に、フェイジョアホテル3028号室。本日のカラス様は、抱く側をご希望。21時には退室されるそうですが、お部屋は朝までお使いください、とのことです』
よっしゃー!
抱かれる側だし、朝まで一人で部屋に居られるし。
考えうる中で、最もいいパターンのカラスだ。
約束の時刻にはまだ時間があった。
それでも僕は、足取りも軽くイルミネーションに彩られた道を、ホテルへと歩き始めた。
—
僕が副業として所属している鳥籠は、端的に言えば会員制の売春倶楽部だ。
売るのは男、買うのも男。
客はカラスと呼ばれており、全員が身元の確かな一流セレブ。
それゆえ、今回のようにハイクラスなホテルに呼んでくれるのだ。
カラスに対し、僕らは文鳥と言われている。
羽を切られた、飛べない文鳥。
この文鳥も、確かな人間の紹介でのみ得ることができるポジションだ。
見目麗しいことも、条件の一つらしい。
とはいえ、行為はカラスのプライバシーを守るため、暗くしたホテルの部屋で行われる。
正直、見た目など何の役にも立たないはずだ。
客には、抱かれたいカラスも、抱きたいカラスもいて、僕らは仰せのまま要求に応える。
—
早くにフェイジョアホテルに辿りついた僕は、一階にあるカフェラウンジに入る。
「紅茶を」
「ミルクかレモンは……」
「乳製品苦手なので、レモンで」
ここのカフェのアームチェアは、木で出来ているとは思えないほど、柔らかくフィットした座り心地だ。
一緒に置かれているクッションも、木目の色合いとよくマッチしていた。
この椅子に座る代金が含まれていると思えば、超高額なレモンティーも、飲む気になる。
深く腰掛け、美しい肘掛けのカーブを、何度も指で撫でた。
カフェからは、ロビーに置かれたスツールも視界に入る。
その反対側にも、見るだけで眼福な、ベンチチェアが置かれていた。
鑑賞に値する椅子たちの仲間として、年明けからは僕のデザインしたラウンジチェアも並ぶ可能性がある。
しかし、僕が工房を辞めてしまった以上、あの椅子はこの世に1脚しか存在しない。
もし。
フェイジョアオーナーが何脚も置きたいと思ってくれたとしても、だ。
おそらく社長の息子では製作できない。
いや、それよりも今は……。
木製椅子に造詣が深いオーナーに、僕のデザインのこだわりを訊いてもらえる機会を失った。
そのことが、悔しさを募らせていた。
—
18時半ちょうどに指定の部屋へ行き、ノックをした。
待ち構えていたようにドアが開き、バスローブ姿の男が、僕を迎え入れる。
部屋の照明は落とされていて、かなり暗い。
辛うじてフットライトが最小の光量で灯っていたが、もちろん相手の顔は見えなかった。
「急いでシャワー浴びるね」
僕は彼にそう伝え、バスルームへと入る。
ここでも照明はつけない。
スマホのライトのみを点灯し、手早くシャワーを浴び、素肌にバスローブを羽織る。
そしてライトを消し、何の感情も持たずに、カラスの待つ大きなベッドへと向かった。
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