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第10話「僕を迎えにきたのは」
【12月28日日曜日04:00】
昨晩。
あの人が連れ去られるとき、閉まったドアの向こう側から、岩山が話しかけてきた。
「キヨチカ坊ちゃん。今夜はここにお泊まりください。明日の朝、お迎えにあがります。それまでは、ここからは出ないように。いいですね」
岩山の言いつけに、即座には逆らえなかった。
それは幼い頃からの習い性だ。
岩山が、実の父よりも父親で、兄弟のいない僕には兄でもある絶対的な存在だったから。
廊下に出て、彼らを追いかけることだってできたはずなのに。
身体が動かなかった……。
このクラシックなホテルは、父の組と系列が同じ組織の、息がかかっていたのだろう。
だとしたら、岩山が部屋の鍵を手に入れることも、容易だったはずだ。
結局僕は、あの人の顔を見ることができなかった。
けれど、去り際。
昨朝、フェイジョアホテルのエントランスで見た人物と同じスーツを着ていたことに、気がついた。
センスのいいチャコールグレーのスーツ。
つまりそれって……。
僕をこの部屋に迎えにくるのは、あの人なのか、それとも岩山なのか……。
カーテンを開け放ち、僕は夜景をじっと見つめ、夜を過ごした。
—
朝方になってウトウトと眠り、久しぶりに高校生の頃の夢を見る。
夢に現れた場所は、先生が一人で暮らしていた小さなアパート。
僕が入り浸るようになって、半年ほど経った冬の思い出だ。
母親とは小さな頃に別れ、一人っ子で、父は忙しくほとんど家にいない。
そんな家庭環境を、先生は「私と似ていますね」と、同情してくれていた。
僕は先生に、嘘をついていたわけじゃない。
ただ、家業がヤクザだとは、伝えていなかった。
「今夜はタコ焼きです。キヨは、やったことないでしょう?」
「うんうん、初めて!」
狭いコタツの上に、新品のタコ焼き器を出してきた先生だって、使い方が分かっていなかった。
「ウインナーとかチーズとか入れてもいいらしいよ」
僕がスマホで調べた情報に、信じられないという顔をして首を横に振る。
「タコ以外はどうかと思います。そもそも君は乳製品が嫌いでしょう?」
僕にとって先生の家ですることは、ままごとみたいだった。
「幸い」とはこういうことを指すんだろうと、感じていた。
タコ焼きを食べ終え、コタツで期末テストの採点をする先生。
僕はその横で、小刀を使って端材を削り、小さな鳥の置物を作る。
「いつか木製の椅子を作るデザイナーになるんだ」
「その椅子、先生も必ず買いますよ」
「あげるよ、先生になら。ただであげる」
「プロになるなら、それはダメです。しっかり代金を支払わせてください」
温もりの象徴であったコタツには、籠に入ったみかんが置かれていた。
思えば先生も、あぁいう「幸い」とは縁遠く、それを求めたゆえの演出だったのかもしれない。
—
「起きてください。起きて」
身体を揺さぶられ、夢から目覚めた。
「だ、誰?」
「私はフェイジョアホテルオーナー、小山内(おさない)の秘書、長谷川です。オーナーのご指示で、貴方をお連れいたします」
小山内?それがオーナーの苗字?
目の前にいる彼の声には、微かに聞き覚えがあった。
「もしかして、昨晩のカラスさん?」
「はい。貴方を部屋に招き入れたのは私です。さぁ、起きてください」
僕は彼に急き立てられ、温かいベッドから出た。
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