12 / 55

第10話「僕を迎えにきたのは」

【12月28日日曜日04:00】 昨晩。 あの人が連れ去られるとき、閉まったドアの向こう側から、岩山が話しかけてきた。 「キヨチカ坊ちゃん。今夜はここにお泊まりください。明日の朝、お迎えにあがります。それまでは、ここからは出ないように。いいですね」 岩山の言いつけに、即座には逆らえなかった。 それは幼い頃からの習い性だ。 岩山が、実の父よりも父親で、兄弟のいない僕には兄でもある絶対的な存在だったから。 廊下に出て、彼らを追いかけることだってできたはずなのに。 身体が動かなかった……。 このクラシックなホテルは、父の組と系列が同じ組織の、息がかかっていたのだろう。 だとしたら、岩山が部屋の鍵を手に入れることも、容易だったはずだ。 結局僕は、あの人の顔を見ることができなかった。 けれど、去り際。 昨朝、フェイジョアホテルのエントランスで見た人物と同じスーツを着ていたことに、気がついた。 センスのいいチャコールグレーのスーツ。 つまりそれって……。 僕をこの部屋に迎えにくるのは、あの人なのか、それとも岩山なのか……。 カーテンを開け放ち、僕は夜景をじっと見つめ、夜を過ごした。 — 朝方になってウトウトと眠り、久しぶりに高校生の頃の夢を見る。 夢に現れた場所は、先生が一人で暮らしていた小さなアパート。 僕が入り浸るようになって、半年ほど経った冬の思い出だ。 母親とは小さな頃に別れ、一人っ子で、父は忙しくほとんど家にいない。 そんな家庭環境を、先生は「私と似ていますね」と、同情してくれていた。 僕は先生に、嘘をついていたわけじゃない。 ただ、家業がヤクザだとは、伝えていなかった。 「今夜はタコ焼きです。キヨは、やったことないでしょう?」 「うんうん、初めて!」 狭いコタツの上に、新品のタコ焼き器を出してきた先生だって、使い方が分かっていなかった。 「ウインナーとかチーズとか入れてもいいらしいよ」 僕がスマホで調べた情報に、信じられないという顔をして首を横に振る。 「タコ以外はどうかと思います。そもそも君は乳製品が嫌いでしょう?」 僕にとって先生の家ですることは、ままごとみたいだった。 「幸い」とはこういうことを指すんだろうと、感じていた。 タコ焼きを食べ終え、コタツで期末テストの採点をする先生。 僕はその横で、小刀を使って端材を削り、小さな鳥の置物を作る。 「いつか木製の椅子を作るデザイナーになるんだ」 「その椅子、先生も必ず買いますよ」 「あげるよ、先生になら。ただであげる」 「プロになるなら、それはダメです。しっかり代金を支払わせてください」 温もりの象徴であったコタツには、籠に入ったみかんが置かれていた。 思えば先生も、あぁいう「幸い」とは縁遠く、それを求めたゆえの演出だったのかもしれない。 — 「起きてください。起きて」 身体を揺さぶられ、夢から目覚めた。 「だ、誰?」 「私はフェイジョアホテルオーナー、小山内(おさない)の秘書、長谷川です。オーナーのご指示で、貴方をお連れいたします」 小山内?それがオーナーの苗字? 目の前にいる彼の声には、微かに聞き覚えがあった。 「もしかして、昨晩のカラスさん?」 「はい。貴方を部屋に招き入れたのは私です。さぁ、起きてください」 僕は彼に急き立てられ、温かいベッドから出た。

ともだちにシェアしよう!