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第16話「僕のためだけの作業場」
【12月29日月曜日11:00】
シュウはさっきからずっと、何かを僕に訊こうとしては躊躇っている。
僕は、ダイニングに置かれたオークの椅子の背を「良い曲線だ」と思いながら撫でていた。
「ここにも、シュウのお気に入りの椅子を置いてるんだね。直線が綺麗なものより曲線が美しいものが、フェイジョアホテルにも多いよね」
世間話のつもりで言ったその言葉に、シュウが食いつく。
「キヨはうちのホテルが椅子にこだわっていると、知っているのですか?」
「当たり前じゃん!あの美しい椅子に座るために、僕は高い紅茶を飲んだり、高いサンドイッチを食べたりしてるんだよ」
「だとしたら……、あの……」
「なに?シュウ。さっきから何が聞きたいの?」
「……フェイジョアホテルでは、年に一度、日本の若手デザイナーに限定した椅子のデザインコンペを行っているのです」
妙に真剣な顔をしてシュウが言う。
「『フェイジョア・ウッドチェア・アワード』でしょ。嬉しかったなぁ、今年大賞に選んでもらって。シュウが審査委員長なんでしょ?」
「へ?大賞?」
「あぁ、そうだった。工房の先輩の名前で応募されちゃったんだ。僕のデザインなのにさ」
シュウの顔がみるみる輝いて僕の腕を取る。
「キヨ、こっちに来てください!」
「なに、急にどうしたの?」
「そうだったのですね。あれがキヨの作品。あぁ、とてもいいデザインでした。満場一致だったんですよ。そうか、あれが……。素晴らしい職人になっていたなんて、感慨無量です」
手を引かれ、ダイニングを出て廊下を進む。
「確か昨年も、あの工房からの応募作は、目に留まりました。骨太で重厚感あるキングチェアで挑んできたのは唯一でしたから」
「でも、変な蛇足があったでしょ?あれ先輩にやられたんだ」
「なるほど!腑に落ちました。あの蛇足以外は、完璧なインテリアになり得ると思っていましたから」
昨日二人で眠った部屋の前を通り過ぎ、突き当たりのガラスの扉をシュウが開けた。
「寒っ」
そんな僕の反応を無視し、シュウは手を繋いだまま、寒空の下の短い渡り廊下を進む。
目の前には、すぐにまたガラスの扉があった。
「ここです」
その部屋はガラス張りで、中が見えた。
「すごい!木工の作業場だ。シュウも椅子を作る人だったんだね」
「いいえ」
そう言ってシュウが扉を開け、室内に僕を招き入れる。
最新の機具に、素材となる上等でよく乾燥した木々も保管されていた。
パッと見ただけで、稀少な世界三大銘木が並んでいる。
ウォールナット、チーク、マホガニー……。
それからナラ、ブナも。
「キヨのために作った部屋です。君が椅子を作るための作業場です」
「……」
「恥ずかしい妄想だと、笑ってください……。君が椅子職人になっているかどうかも、知らなかったのに。私はいつも、夢見ていました。いつかコンペにキヨが応募してきて、授賞式で再会し、君をこの別荘に招くことを」
「……」
「昔、私のアパートのコタツで、端材を小刀で削っていたでしょ?高校生の君は椅子の職人になりたいって言っていました」
言葉が出ないままだった。
まさか、シュウが。
僕の望んでいたことを覚えていたなんて。
「でも、キヨはすでに工房に属しているんですね。カラテア工房でしたか。仕事場に恵まれて、よかった」
僕はブンブンと首を横に振る。
「金曜日にクビになったんだ、カラテア工房を。だから僕は今、無職。作業場を探すところから始めなくちゃならなくて……」
「もしかして、私がここを用意していた意味がありましたか?」
「あるよ、大ありだよ!本当に使っていいの?この場所を僕が」
「もちろんです」
僕はシュウに抱きついて、チュッとお礼のキスをする。
「キヨ、3回目ですよ」
こんな触れるだけのキス、カウントしなくてもいいのに。
堅物なシュウにそれは通用しなかった。
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